martedì 17 marzo 2009

MADAME SADDAM HUSSEIN サダム フセイン夫人


湾岸戦争考1991年2月28日にバクダッド空爆終了一応終戦

湾岸戦争ペンタゴンより表の出演者(真の参謀は裏に)
Schwarzkopf & Powell Autostrada della Morte
死のクウェートハイウェイ
  

死守するといわれたサダムのBaath 親衛隊は現代最強の軍隊とPaolo Garimberti も真夜中のTVトークショウで何度も言っていた。しかしバクダッド空爆後、思ったより無抵抗で降参したイラク軍その姿がTVに出始めた。カメラに写し出されたゴムぞうり、これが湾岸戦争でイラク兵が残した軍靴の事実の姿。イタリア人は多少あきれ顔、イラク兵が以外と簡単に捕虜になり砂漠で座り込んでいる姿を見ながらつぶやく「おれんちの田舎のおじさんに似てるな〜」、クエート死のハイウェイには気化爆弾等で炭のようになったイラク兵の死骸と焼けこげた戦車やトラック群、、路上にえんえんと続いている。皆複雑な心境になっていった。


写真はイラク攻撃後捕虜になったイタリア空軍Tornadoの操縦頭 Maurizio Cocciolone キャプテン。そして戦後 Giammarco Bellini 少佐と共に 無事に生きてイタリアに帰還( TVで24時間コッチォローネコッチォローネと大声で叫んでいたEmilio Fedeの声が今でも耳に残る)その後米国NYで行われた勝利?パレードに参加して伊の人々は大きく胸をなで下ろしました。なにしろブラッキア海軍大将もコッチョローネキヤプテンも同じ様にこの戦争の意義に疑問を持った発言をしていたのでブッシュ政権に対して若干ヒヤリとして心配だったのです。もっとも伊国民は皆本心は(??)を抱いた複雑な心境でした。

Capitano Maurizio Cocciolone(RAI TG2よりのFoto)

Caso Ammiraglio Buracchia "Questa guerra si sarebbe potuta evitare se solo avessimo usato un po' più di saggezza". 湾岸派遣の伊海軍ブラッキア大将は「この戦争はもう少し知恵を使ったなら回避出来たはず」と公言して解任させられた事件。


SADDAM vs PAPA GIOVANNI PAOLO II vs BUSH papà
サダムフセイン 法王ジョヴァンニパオロ二世 ブッシュ父 三つ巴の戦い

Madame Saddame HUSSEIN 夫人の はなれ技

バクダッド空爆後いき処を無くしたサダム「ヴァティカンが亡命引き受ければいい」と皮肉った案が伊メディアに飛び出しました。法王ジョヴァンニ パオロ2世はイラクの外相テレク アジズとも面談して、イラクを心配していた。何とか戦闘を回避努力も虚しくバクダッド空爆は続きました。そのうちサダム夫人がいなくなった、、「何処だ?」「何処に行った?」 、 、、数日後に病人を装い極秘で日本を訪問し、夫の亡命をリクエストしたとのニュースが出廻り。この情報を日本外務省は肯定したとイタリアのTV NEWSが伝える(ただし夫人が極秘来日し旦那の亡命依頼をした事のみで、それを日本が承諾したかどうかは不明だった)湾岸危機から湾岸戦争中そしてその後と、国際社会から、からかわれ失笑され続けていた日本がぽっと昔のサムライにもどった如く伝わってきた話しは、サダム夫人の勇気ある姿と共にかっこいい地味なテロップ ニュースでした。

Saddam Hussein con la moglie Sajida e figlia Raghd

 サダムフセイン Sajida 夫人(茶髪)と娘の Raghd

(foto dalla La Repubblica)

湾岸戦争中に私の驚いた事の一つは、米軍戦闘機がイラク爆撃用ミサイルを投下出来ずくっつけたままイタリアに帰路飛行中との速報ニュースが入った時でした。メデイアは「どうするんだ」「おい何処に飛んで来る?」「何処でミサイル投下するのか?」「アンツィオ方向に飛んでくる?」「ウォ〜怖い」と恐怖の声................「今は第二次世界大戦じゃないんだ,ANZIO 戦じゃない、何を怖がる」「安心しろ海に落す」とこの反響に対し落ち着く様に再三忠告していました。国民一同皆夜更かしの毎日のなかで、ひときわ恐い闇夜でした。勿論バクダッドに投下されるべきだったこのミス ミサイルはアドリア海に落されました。

わっイタリアの国民の中にはこんな潜在意識の恐怖がまだあるんだな〜と驚きと一緒に哀しい気持ちを呼び起こされました。私にとってイタリアはヨーロッパの一員即ち白人世界、要するに絶対に原爆は投下されない国と言う強い確信があったので、イタリア人がこの様な恐怖と懐疑をたとえ一瞬でも抱いた事自身がただのミサイルにしても不思議で驚きでした。イタリアも第二次世界大戦の傷はまだまだ深いんだ.....と考えさせられました。


ところで米国を見ていると過去の日本との戦争経験にそうとう強いインパクトを受けた様子。この湾岸戦争後のNYでの凱旋パレードの映像に日本敗戦と大きく書かれた新聞や太平洋戦争終了後のNY凱旋シーンが操作されて入れてあった。よっぽど嬉しかったらしく思わず本音(日本から金を巻上げ、侮辱し放題、地球村八分に成功)がでたのかイラクと戦っていたのを忘れて日本と戦って勝ったみたいな雰囲気(内心たしかに広報外交戦で負けたと思ったが、こうも喜んではしゃいでいるのが、ちと不愉快)。ペンタゴン他の軍組織やCIA等諜報機関に勤める人々には、いざ日本と争うと言う時に強い変な作用があるらしい。あの日本との戦いと聞くと妙に姿勢がしゃきっとすると言うか、ピンと直立するみたい。多分太平洋戦争後にめんめんとし続けた各戦争がよほど汚なかったか、陰謀そのものの戦いだったからか、あまり誇りを持てない経験みたいで余計日本との戦いについてこの先何か裏があるのか、やはり真剣だったせいか自然と気が引き締まるのか。何かいつまでもいい迷惑な感じ、、