domenica 30 novembre 2008

RENATA PISU レナータ ピズーの視点

GIAPPONE RICCO DI GENTE POVERA  日本は貧乏人がたくさん

Renata Pisu

1990年12月7日 付    La Repubblica

Rimasto fuori dagli ultimi grandi eventi internazionali , il gigante economico rischia ora di diventare un nano politico
最近おきた国際的な大エヴェントに外れて,経済巨人は今、政治小人になる瀬戸際
Giappone ricco di gente povera
日本は貧しい人達がたくさん
Scene di quotidiana alienazione nel paese che odia gli stranieri
外人ぎらいのこの国に毎日おきる異様な風景
Dentro una Tokyo che appare sempre piu come una macchina perfetta vagano enormi masse di nuovi nomadi urbani con loro yen in tasca.
ますます完璧なマシーンの様な東京の中には、彼らの円をポケットに詰めたニューシティージプシーの群が彷徨している
Sono tutti sospinti dall’idea che solo comprando,a qualunque costo ;anche a rate,riescano a dare un senso collettivo alla loro esistenza
皆どんな値段にしろたとえ月賦でも、何としても買うと言う事が彼らの生きている証の共通意識なのだ。 


(foto)Metropolitana di Tokyo : un passeggero cerca di scendere dal finestrino della carrozza vista l’impossibilità di accedere all’uscita per il troppo affollamento

(写真下)東京の地下鉄にて : あまりにも混んでドアにたどり着けそうにないと判断した乗客の一人は車両の窓から降りようと必死。



     


メーメーきゅうーくつーじゃー




Ma per evitare che il tassista rifiutasse di caricarmi,avevo rialzato il bavero della giacca e mi ero coperta la faccia con la sciarpa. Cosi da lontano forse non sembravo una « gaijin », cioè una straniera. Ebbene,ce l’ho fatta a ingannare il tassista.
タクシー運転手の乗車拒否をさけるために私はコートの襟をたて、マフラーで顔を隠す、こうすれば遠くからは « gaijin » 要するに外国人に見られない。やった〜タクシーの運ちゃんをだませたぜ。

Il quale, quando mi ha scoperta « aliena », mi ha detto che lui non è razzista, per carità, nessun giapponese lo è, ma il fatto è che sono isolani,loro,e i « gaijin » gli incutono timore, gli fanno venire dei complessi di inferiorità. Cosi se tassista non ti carica devi capirlo, è che soffre di un complesso di inferiorità nei tuoi riguardi. Non di superiorità, non sia mai.
彼が私を « エイリアン » と気がついた時に、俺は人種差別者じゃないと私に言う、めっそうもない、日本人の誰もそうじゃない 、ただ島の村人なだけなのだ、彼らには« gaijin »は心配の種で劣等感をよびおこすのだ。だからもしタクシーの運ちゃんが貴方を乗車させないのは、貴方に対して劣等感に悩まされるからだ、というのを解ってあげなくてはけない。全く優越感からじゃ無い、ぜったい。

Ma che complesso di inferiorità possono mai suscitare quei « vu cumprà » americani del nord, che vengono collanine,accendini a altri gingilli alla gioventu nipponica lungo il viale di Omote Sando ?
表参道で日本の若者にネックレスやライター等のがらくたを売っている、あの北アメリカからの押し売り達 " vu cumprà " に 何の劣等感をよび起すというのだろうか? (略)

Alla ricerca di un qualcosa che sia trendy e disposti a pagarlo anche a rate perchè non è vero che siano tutti ricchi, il Giappone resta un paese ricco di gente povera che adesso si ritrova nella condizione di mutante.
たとえローンで払っても何かトレンディな物を探しだす 、全ての人が金持ちなわけじゃない、日本はプアーな人々がリッチにいる国で、今はミユータントになるところにきている。(略)

E loro giapponesi sospirando rispondo che è sempre stato cosi in Giappone, che si è sempre dovuto imporre tutto dall’alto, riforme, modernizzazione,democrazia.
日本人はため息まじりで答える日本はいっつも昔っからそうだったと、改革、近代化、民主主義も全て上から押し付けられて対応してきた。      
Insomma, pare quasi che si lamentino di questo loro popolo bue, tanto bue che non si lamenta nemmeno di loro e che è cosi in simbiosi con il sistema da costituire una zavorra nel momento critico della mutazione. Che è in atto, riconoscono,ma che va guidata. Penso che invece di lamentarsi dovrebbero ringraziarlo il loro popolo.
ようするに、牛の如きこの国民に対して何の不満がある、、あまりにも牛なので突然変異の重要な時にもバラストを構成するシステムと共にあっても不平も言わずいる。そんな場にあっても上から指導しなければならないだと、
思うに文句をつけるより、かえってこの国民に感謝しなくっちゃいけない。

            

Renata Pisu記者の記事全文を紹介出来ないのが心残り、彼女の書く日本情報に不満の伊読者もいるみたいだが、私にはとても面白い、何時も楽しく読んでいる。彼女は中国が専門だから中国情報を書けばいいと言う人がいるが、そうは思えない。日本人の偏屈な行動、歪曲した神経質な思考グセなど彼女自身も結構楽しんでいる様子。日本人を細かく観察して描写が出来ると言う事は彼女自身も繊細な受信機だと証明している。

レナータ ピズー記者へ、お願い又日本を訪ね面白い記事を沢山書いて欲しい、日本は貴方を退屈させない、今もどんどん変化変身していまーす。

イタリア人には常にアイロニーがそなわっている、日本人には想像もつかないほど、、自身も含んで面白く皮肉って笑いその場を軽くする技、究極のジョークも伴って人生を楽しむ術は素晴らしい。伊人の中には日本人とつきあっていて次第に嫌いになっていく場合もあるようだ。少し解る気もする、人間的あまりに人間的なイタリアーニは時に建前と本音が共生する日本人がめんどくさくて疲れるのだろう、さらに影で毒のある棘に刺されたりすればますます嫌気がさして、その後米国に行ってその気軽さに安堵していく。時々ひょっと頭に浮かんで来るイメージは麻雀のパイをガチャガチャかき混ぜる様に、日伊の人々を混ぜあわせてその中の中庸を取ったら面白そう。

昔横浜から東京まで満員電車で通ってたけど、あれから年月たって日本に寄ってもまだすしずめラッシュは変化無しでショック。押しつぶされながら涙が出ない様に苦労した、先進国なら30年経過すれば問題点は少しは改善されるはず。「ラッシュ見学したい外人がいるワッハハ」と笑う東京都の役人がいた。欧州ではラッシュアワーは悪政の見本、あの日本が、、と反発材料、物笑いと軽蔑感(日本の政治家、官僚に対し)でニュースになっているのに気がつかない。羊の写真と意訳は私が入れました、すいません。

参考までに : 下は2003年にEUが交付した、屠殺用の動物運送に対する(運送車や列車内の十分なスペース確保と休憩時間を入れる等)家畜待遇の改善規定。


日本のすしずめ電車内の人々、学生、サラリーマンは家畜以下なのか?
何とおとなしい哀しい羊たち、、もっと怒れッ怒れッ。



giovedì 27 novembre 2008

GIAPPONE SCONOSCUTO   未知の世界

Un  libro  importante  per  Giappone  "   DOG  &  DEMON   "

今日は私にとって特別な日、11月27日。私が世界で一番愛する大切な人間の誕生した日なのだ。日本は女独りで働きつつ子供を育てられる環境が揃って無い、と判断してうん十年前に女性に冷たい母国よりイタリアを選んだ、だから今では心からイタリアに感謝している。そんな私が超親馬鹿になる日、まあ我が愛娘の Happy Birthday 何をプレゼントしようか迷ったが見つけた。この本に決めた,英語版もある。

まだ読んでない人がいたら是非一読をお薦め「犬と鬼」知られざる日本の肖像  ALEX KERR (アレックス カー) 講談社 2002


この本を読みつつ、沢山の思いでが次から次へと回り灯籠のように浮かんでは通り過ぎて行く。

何故か特に印象に残っているくだりは、某氏が日本を訪問し窓の外を見るに耐えず電車の中でずーと目を閉じていた話。私の学生時代、横浜に住み大学は東京に通っていた時、横須賀線又は京浜急行線に乗っている間は常に目をつむっていた。私にとって窓の外は見るに耐えない醜悪さ、私は生まれてから大学まで一度も日本の外には出た事がなかった、にもかかわらず何故かいたたまれない気持ち。

私の哀しみは見事にこの本に表現されている。戦争の破壊から逃げる手段で押し進められた見苦しい都市造り、さらに国民の生活も、そして古い制度やメンンタリティ—さえもそのまま置き去りにして日本中がビル立て直しに無我夢中で働いていた。ビルと道路建設用ドリルの騒音が子供の時の東京の思い出でもある。

「銀座を早朝歩いて石ぶつけるとD社の部長にあたる」とからかわれた会社に勤めていた父と一緒に夕食を食べた記憶がほとんど無い、朝食も同じ、異常に早い早朝部長会議がある会社だった。普通の人達の幸せな生活を犠牲にして建て続けたのは、醜悪な建築物群だった。

勿論あの戦争は知らないが、でも戦後というのが私の時代なのでよく覚えている、負けたからしかたないケバケバ下品な色のパチンコ屋、やくざがのさばって経営する娯楽施設等、、もっとも半世紀以上たっても未だに戦後が続いている気配は変わらないが。里帰りすると不必要に大きなビルを建てている、まるでファシスト時代の建築物の如き吹き抜けロビー、恐ろしく巨大である。父親を奪った会社も同じく巨大ビルにおさまっていた。そばには皆の父親の血を吸い取って巨大企業に膨張した各社のビルが建ち並んでいる。その一部を引っ掻いて壊したらきっと子供とくつろぐ時間を持てなかった父親達の血と涙が噴き出してくるだろう、、何時まで続けるつもりなんだろう。

まず初めに人ありき、」と言ったのは誰か知らないが、、何より第一番目に人間がいる、生活する、それも楽しく、そんな空間は日本には期待出来ないのだろうか? 

その回答を得るためにも、日本の未知の世界を覗ける本、沢山の人に読んでもらいたい。