martedì 30 settembre 2008

mia creazione     私の作品  

私のストレス解消は、日曜大工かヴェネッツィアのビーズでコラージュ

La mia Venezia e Murano 島なんちゃって、学生の時に住んでいたのは 超安家賃の庶民的な Giudecca 島でバポレットがザッテレから出ている。このジュデッカのトラットリアで安くて美味しいガルーゾリ(すごく小さい巻貝?みたい)とんがった方をテーブルの上でトントンとたたいた後、ようじで身をつまみ出して食べる、まだあるかな。

























大学生だったが12歳に見られジュデッカ島民に可愛がられた、朝、威勢良く歩いていると「イッチニッ ! イッチニッ ! 」とかけ声をかけられ 日本人なので「えいDuce ! 」とやられる。こちっちも遠慮せず「Viva Duce ! 」などと言って、あいてる方の手をあげてふざける。むこうは元パルテイジャーノや今共産党員だったり、、人それぞれ。

DUCE( Mussolini )と言えば、後年70歳以上になっていた Biagi 記者とムッソリ―ニの愛人だった(愛人はぺタッチだけではない彼はもてたのだ、、)女性作家が大人の話をしていた。彼女は当時秘書役で、お仕事の合間に何をしていたらしい、、Biagi老が真面目に聴く「Duceの男としてのSexは如何なもの?」彼女曰く「せっかちでしたね(仕事中だから?)」。ビアージ氏「他に特に今でも印象に残っている事は?」けっこうな歳だが賢く優雅な女性は「自分がどう映るかとても気にする男でした、だから新聞記者やメデイアを重要視していた」。今も昔も独裁者って変わらない、ただ元学校の先生で新聞記者だったMussolini 、この独裁者の元愛人は美しいユダヤ女性である。Duceの口癖は「Sabiniのいた頃からユダヤ人はイタリアにいたんだ、、、」

現実と作られた虚像との違いを知る事は今も昔も大事だな〜

連合軍側はムッソリーニを逮捕のみにしたかったらしい、きっと獄中で書いただろう回想記など参考になったろうに、、残念。沢山の人々が興味を持ったに違いない、、特にDuce個人と国との間での苦悩など、、私にもユダヤの友達がいた、つらかった時、独りの時に一番、相談にのってくれた、、、 ユダヤの中で何か歯車が狂ってきている。