martedì 30 dicembre 2008

SOL LEVANTE 日本とイタリアの 日ノ出


Felice Anno Nuovo 2009年 良い新年を !

( a Bretagne)
1990年度 年末の出来事 KEY WORDS

( 年忘れ言葉合わせ ソ連邦帝国の崩壊開始) 

ソ それでコッシガのピッコナータ真実吐露始め PICCONATA di
 COSSIGA(コッシーガ師,真実の著作に期待,待ってま〜す)
連 連帯した軍隊式グループの反共活動地下部隊 GLADIO
(ROMA は太古から GLADIATORE が ARENA で戦っていた)
邦 邦人は入れない NATO STAY BEHIND
(non era NATOper morire ? NATO傘下の対共産主義防衛戦略)
崩 崩れた後は帝国意識のみ生き残り CROLLATO UNIONE
SOVIETICA (Golf の影で見えにくかった大崩壊、でも大歓迎)
壊 壊れた地上を守る地下資源と地下組織 
  (ハイ 皆様お疲れ様です、、穴から出て来て)


1990年は代表選手であるソ連と米国の間で戦った東西冷戦が一応?終了開始。全世界にとって大事件だったが、せんこ花火のような湾岸戦争の影で色あせてしまったみたい。この冷戦中に膨張して権力を手に入れた諜報機関や国防総省は本来の任務からかけ離れ、軍産複合体その他僅かなパーセントの利権代表ロビー等は野望と標的を他に移転。その存在とプライドや利権を保守する為に次々に新しい戦争の火種を作って世界中に蒔いて歩く案を彼らの大量従業員を使って実現していくのでした。世界の皆がそれを知っている、なのに間違った道(歴史)を歩いているのを忠告出来ないでいる。そして私が何時も考える1点、すげーお金がかかるこの全組織と活動費用って何処から出すのかな〜? 巨額の費用は米国民の税金だけではとても間に合わないのでは?んじゃーどこからかな〜 ?武器を双方に売り歩くのがそんなに儲かるのかな?米国だけではなく世界どの国もその手は汚れて血だらけ、あちこちで局地的な人間への虐殺が毎日のように起きている、現実に人を殺す事が平気になっている、文明文化の衰退期なのだろうか。

何処か遠い宇宙で地球を観察している媒体がいたら 言うかも「あの地球の人間っーのは馬鹿か?」戦争と犯罪の違いはどこにあるの?金貨の表と裏それとも双頭の人間動物?


独りで過去のニュース記事を選び 昔のラブレターを読むように思い出した事など、私の勝手な意見と一緒にぽつぽつメモっています、寄ってくれて本当にありがとうございます。同じ思いの友人が出来るといいな、、

銃砲に沈黙を.. .. .. .. みんなに幸せと平和な新しい世の中を願って。

giovedì 25 dicembre 2008

SILENZIO DA PAPA  パオロ法王から世界に「沈黙を」

PAPA GIOVANNI PAOLO II の言葉

1990年12月 クリスマスの夜は法王と世界の祈り
Notte di Natale 1990

Papa Giovanni Paolo II dice :
" la guerra è un' avventura senza ritorno "

La guerra è una avventura senza ritorno, è sempre possibile invece individuare la strada del dialogo, della pace e dei diritti inalienabili dei popoli. Sono le severe parole con cui il papa nel suo messaggio di Natale si è rivolto a quanti sono interessati alla crisi del Golfo, primi fra tutti il presidente americano George Bush ed il dittatore iracheno Saddam Hussein
(略)
Giovanni Paolo II rivolgendosi, anche senza nominarli, a George Bush e a Saddam Hussein, si persuadano che la guerra è un' avventura senza ritorno, appellandosi alla ragione, alla pazienza, al dialogo e al rispetto dei diritti inalienabili dei popoli e delle genti. Bandire per sempre il ricorso alle armi ha invocato in sintesi il papa sia per risolvere la crisi del Golfo che per affrontare qualsiasi altra tensione in ogni angolo della Terra e far posto ha sottolineato ancora il pontefice alle strade delle intese e della pace.
(略)
Orazio La Rocca     27 Dicembre 1990 - La Repubblica

(この法王の言葉は日本では子供の時から聞かされている平和論なので特に訳しません。ただ政治家や経済学者等が語る平和論が正しく法王の平和の言葉は軽視するのは公平と思えない)
 
Wojtyla chiede al Mondo " Silenzio "

今日はレアルタイムでもNatale、湾岸戦争前 1990年のクリスマスに ジョヴァンニ パオロ 2世 は世界に向かって「沈黙」を乞うと伝えた、、騒がしい軍亊大国のメデイア太鼓に反対した法王の戦争拒否でもある「NO」として「沈黙を」と、、どんなに世界中の普通の人々、私や貴方が祈ったか  、、でも爆弾は Bagdad に落とされた。

湾岸戦争はブッシュ、サダム、ジョヴァンニ パオロ法王の三つ巴の戦いでもあった。戦争を始めさせない為に法王はあらゆる力をふりしぼっていた。こんな強い王を持つヴァティカン法王庁は暫くぶりなのでは、、昔と違い今は軍隊無し、それでも世界のすみずみ 地の果てまでこの国の現地従業員が真剣にお勤めをしている。

ウオィティワの忠告をもう一度心の中で静かに繰り返す「戦争とはひきかえす事が出来ない冒険である」。ほんとだな〜武器を持って戦いに出て行けば、必ず血の泥沼道を歩き、破壊が待っている、町や家だけでは無い、人々も、特に女子供、そして文明文化、神経や心さえも壊していく、肉体に銃弾を受けナパームの火傷で皮膚がずれ落ちても年月が経てば回復するだろう  、、なのに心に受ける傷は誰もが計算に入れるのを忘れている、その傷は まいた種の実であり、それがさらに報復(別名テロ)と言う新たな攻撃に変身していく、

ぐるぐる と変化無しのどうどう巡り、終わりの見えない 長い長い戦争という いかさま劇

人間は考える葦」とパスカルは言った、嘘だったのかな?


" In qualche modo l'umanità attende Dio, la sua vicinanza.
Ma quando arriva il momento, non ha posto per Lui.....Esistono quelli che lo accolgono e così, a cominciare dalla stalla, dall'esterno, cresce silenziosamente la nuova casa, la nuova città, il nuovo mondo. "
( Natale 2008, da Vatican Asianews )



Pace dentro, Pace fuori....



Buon Natale a tutti lettori !!

(パリ市は燃料節約型ライト使用:2008-Avenue des Champs-Elysées

良いクリスマスを過ごして下さい

domenica 7 dicembre 2008

ALTRA CULTURA 文化生活大国へ

7  December     Pearl  Harbor の日に思う

文化生活大国への変身

提案 日本娯楽小説を翻訳して世界へ

今日は12月7日 何処かの国がギャーギャー騒ぐ真珠湾攻撃の日、欧州人からはあまり言われた事が無いが。人に言えないが、告白すると未だに私は何故パールハーバー夜襲突然攻撃が悪いのか分からない。「日本時代小説の色々な戦物語に書かれているし、奇襲戦とは一つの戦略だし〜どこが悪いのかな〜」とぶつぶつ文句つけたら 子供に言われた「古代ローマ軍が夜襲奇襲は卑怯な行為と考えていた、それが近代まで受け継がれ、西洋的現代史の常識になっているの」だそうだ。いくら言われても70年以上前にはまだ武士道精神が残っていた頃で西欧は遠く、当時の国際状況知識度は超低かったはず、今でさえ読めてない有様なので私にはピンとこない、これが文化の違いと言うものかな、どうしょうもない(内緒)。

今日本語を勉強する若い外国人は多い、そこでそろそろ彼らに活躍してもらい日本文学のジャンルのなかのエンタメ的な小説やエッセイを翻訳し始めても良い時期が来たのではと思う。すでに漫画を翻訳する若者達も増え始めた。ミラノでは日本語科を卒業した人達は就職先が無く、仕方なく英語を扱う仕事に就いた人が結構いた。昔私がヴェネッツアでグラッフィク工房勤務のあい間にCa Foscari日本語学科の卒論を手伝った生徒達も最後は英語の先生になってしまっていた。でもあれから時代が変わった、非常に変わった。  翻訳の専門では無いので細かい行程は分からないが 最初は一人(ネイテイヴ日本語)が日本語から翻訳し、その後は日本語研究者の各国ネィティヴが相互に検討しつつ翻訳完了する二人三脚方式ではどうだろう。安上り方式なら、最初英語にして、それから各国語に翻訳。

もちろん純粋文学の翻訳はこのまま進めていくのだが、気晴らし的な(失礼)日本娯楽小説も捨てた物ではない。

私がファンなので言うわけではないが、柴錬などきっと上手に翻訳できたら人気がでるだろう。忍者小説 山田風太郎、柴田錬三郎等、軽い楽しい怪しげなファンタジーな世界を今人気のある漫画家にイラストを描いてもらい、挿入すればきっと受ける、かつ庶民的なプライスで。登場人物の時代が理解しやすい様に時代考証的な当時のイラスト、日本地図や政治形態説明図とか人物,時代解説を付けたせばよい。今フランスでも読まれている漫画「子連れ狼」は最後の頁に徳川幕府等の解説辞書付で解り易い。武蔵を描いた SAMOURAI 漫画「ヴァガボンド」も売っていて楽しい。十年以上前にミラノで買った吉川英治の小説 宮本武蔵のイタリア語訳は10cm 位の厚さの本でびっくりした思い出があるがイタリアでは人気があった。今フランスの子供達が FNAC や Virgin でサムライ漫画や「BLEACH」等を床にぺタッと座り込んで読んでる姿は本当にかわいい。

漫画がこれだけ若い人達に受け入れられるのだから、ちゃんばら時代小説、忍者小説などきっと面白いのではと思う。今がチャンス「鉄は熱いうちに打て」の如く、日本娯楽時代小説も漫画と一緒に世界に飛んで行くといいな。


domenica 30 novembre 2008

RENATA PISU レナータ ピズーの視点

GIAPPONE RICCO DI GENTE POVERA  日本は貧乏人がたくさん

Renata Pisu

1990年12月7日 付    La Repubblica

Rimasto fuori dagli ultimi grandi eventi internazionali , il gigante economico rischia ora di diventare un nano politico
最近おきた国際的な大エヴェントに外れて,経済巨人は今、政治小人になる瀬戸際
Giappone ricco di gente povera
日本は貧しい人達がたくさん
Scene di quotidiana alienazione nel paese che odia gli stranieri
外人ぎらいのこの国に毎日おきる異様な風景
Dentro una Tokyo che appare sempre piu come una macchina perfetta vagano enormi masse di nuovi nomadi urbani con loro yen in tasca.
ますます完璧なマシーンの様な東京の中には、彼らの円をポケットに詰めたニューシティージプシーの群が彷徨している
Sono tutti sospinti dall’idea che solo comprando,a qualunque costo ;anche a rate,riescano a dare un senso collettivo alla loro esistenza
皆どんな値段にしろたとえ月賦でも、何としても買うと言う事が彼らの生きている証の共通意識なのだ。 


(foto)Metropolitana di Tokyo : un passeggero cerca di scendere dal finestrino della carrozza vista l’impossibilità di accedere all’uscita per il troppo affollamento

(写真下)東京の地下鉄にて : あまりにも混んでドアにたどり着けそうにないと判断した乗客の一人は車両の窓から降りようと必死。



     


メーメーきゅうーくつーじゃー




Ma per evitare che il tassista rifiutasse di caricarmi,avevo rialzato il bavero della giacca e mi ero coperta la faccia con la sciarpa. Cosi da lontano forse non sembravo una « gaijin », cioè una straniera. Ebbene,ce l’ho fatta a ingannare il tassista.
タクシー運転手の乗車拒否をさけるために私はコートの襟をたて、マフラーで顔を隠す、こうすれば遠くからは « gaijin » 要するに外国人に見られない。やった〜タクシーの運ちゃんをだませたぜ。

Il quale, quando mi ha scoperta « aliena », mi ha detto che lui non è razzista, per carità, nessun giapponese lo è, ma il fatto è che sono isolani,loro,e i « gaijin » gli incutono timore, gli fanno venire dei complessi di inferiorità. Cosi se tassista non ti carica devi capirlo, è che soffre di un complesso di inferiorità nei tuoi riguardi. Non di superiorità, non sia mai.
彼が私を « エイリアン » と気がついた時に、俺は人種差別者じゃないと私に言う、めっそうもない、日本人の誰もそうじゃない 、ただ島の村人なだけなのだ、彼らには« gaijin »は心配の種で劣等感をよびおこすのだ。だからもしタクシーの運ちゃんが貴方を乗車させないのは、貴方に対して劣等感に悩まされるからだ、というのを解ってあげなくてはけない。全く優越感からじゃ無い、ぜったい。

Ma che complesso di inferiorità possono mai suscitare quei « vu cumprà » americani del nord, che vengono collanine,accendini a altri gingilli alla gioventu nipponica lungo il viale di Omote Sando ?
表参道で日本の若者にネックレスやライター等のがらくたを売っている、あの北アメリカからの押し売り達 " vu cumprà " に 何の劣等感をよび起すというのだろうか? (略)

Alla ricerca di un qualcosa che sia trendy e disposti a pagarlo anche a rate perchè non è vero che siano tutti ricchi, il Giappone resta un paese ricco di gente povera che adesso si ritrova nella condizione di mutante.
たとえローンで払っても何かトレンディな物を探しだす 、全ての人が金持ちなわけじゃない、日本はプアーな人々がリッチにいる国で、今はミユータントになるところにきている。(略)

E loro giapponesi sospirando rispondo che è sempre stato cosi in Giappone, che si è sempre dovuto imporre tutto dall’alto, riforme, modernizzazione,democrazia.
日本人はため息まじりで答える日本はいっつも昔っからそうだったと、改革、近代化、民主主義も全て上から押し付けられて対応してきた。      
Insomma, pare quasi che si lamentino di questo loro popolo bue, tanto bue che non si lamenta nemmeno di loro e che è cosi in simbiosi con il sistema da costituire una zavorra nel momento critico della mutazione. Che è in atto, riconoscono,ma che va guidata. Penso che invece di lamentarsi dovrebbero ringraziarlo il loro popolo.
ようするに、牛の如きこの国民に対して何の不満がある、、あまりにも牛なので突然変異の重要な時にもバラストを構成するシステムと共にあっても不平も言わずいる。そんな場にあっても上から指導しなければならないだと、
思うに文句をつけるより、かえってこの国民に感謝しなくっちゃいけない。

            

Renata Pisu記者の記事全文を紹介出来ないのが心残り、彼女の書く日本情報に不満の伊読者もいるみたいだが、私にはとても面白い、何時も楽しく読んでいる。彼女は中国が専門だから中国情報を書けばいいと言う人がいるが、そうは思えない。日本人の偏屈な行動、歪曲した神経質な思考グセなど彼女自身も結構楽しんでいる様子。日本人を細かく観察して描写が出来ると言う事は彼女自身も繊細な受信機だと証明している。

レナータ ピズー記者へ、お願い又日本を訪ね面白い記事を沢山書いて欲しい、日本は貴方を退屈させない、今もどんどん変化変身していまーす。

イタリア人には常にアイロニーがそなわっている、日本人には想像もつかないほど、、自身も含んで面白く皮肉って笑いその場を軽くする技、究極のジョークも伴って人生を楽しむ術は素晴らしい。伊人の中には日本人とつきあっていて次第に嫌いになっていく場合もあるようだ。少し解る気もする、人間的あまりに人間的なイタリアーニは時に建前と本音が共生する日本人がめんどくさくて疲れるのだろう、さらに影で毒のある棘に刺されたりすればますます嫌気がさして、その後米国に行ってその気軽さに安堵していく。時々ひょっと頭に浮かんで来るイメージは麻雀のパイをガチャガチャかき混ぜる様に、日伊の人々を混ぜあわせてその中の中庸を取ったら面白そう。

昔横浜から東京まで満員電車で通ってたけど、あれから年月たって日本に寄ってもまだすしずめラッシュは変化無しでショック。押しつぶされながら涙が出ない様に苦労した、先進国なら30年経過すれば問題点は少しは改善されるはず。「ラッシュ見学したい外人がいるワッハハ」と笑う東京都の役人がいた。欧州ではラッシュアワーは悪政の見本、あの日本が、、と反発材料、物笑いと軽蔑感(日本の政治家、官僚に対し)でニュースになっているのに気がつかない。羊の写真と意訳は私が入れました、すいません。

参考までに : 下は2003年にEUが交付した、屠殺用の動物運送に対する(運送車や列車内の十分なスペース確保と休憩時間を入れる等)家畜待遇の改善規定。


日本のすしずめ電車内の人々、学生、サラリーマンは家畜以下なのか?
何とおとなしい哀しい羊たち、、もっと怒れッ怒れッ。



giovedì 27 novembre 2008

GIAPPONE SCONOSCUTO   未知の世界

Un  libro  importante  per  Giappone  "   DOG  &  DEMON   "

今日は私にとって特別な日、11月27日。私が世界で一番愛する大切な人間の誕生した日なのだ。日本は女独りで働きつつ子供を育てられる環境が揃って無い、と判断してうん十年前に女性に冷たい母国よりイタリアを選んだ、だから今では心からイタリアに感謝している。そんな私が超親馬鹿になる日、まあ我が愛娘の Happy Birthday 何をプレゼントしようか迷ったが見つけた。この本に決めた,英語版もある。

まだ読んでない人がいたら是非一読をお薦め「犬と鬼」知られざる日本の肖像  ALEX KERR (アレックス カー) 講談社 2002


この本を読みつつ、沢山の思いでが次から次へと回り灯籠のように浮かんでは通り過ぎて行く。

何故か特に印象に残っているくだりは、某氏が日本を訪問し窓の外を見るに耐えず電車の中でずーと目を閉じていた話。私の学生時代、横浜に住み大学は東京に通っていた時、横須賀線又は京浜急行線に乗っている間は常に目をつむっていた。私にとって窓の外は見るに耐えない醜悪さ、私は生まれてから大学まで一度も日本の外には出た事がなかった、にもかかわらず何故かいたたまれない気持ち。

私の哀しみは見事にこの本に表現されている。戦争の破壊から逃げる手段で押し進められた見苦しい都市造り、さらに国民の生活も、そして古い制度やメンンタリティ—さえもそのまま置き去りにして日本中がビル立て直しに無我夢中で働いていた。ビルと道路建設用ドリルの騒音が子供の時の東京の思い出でもある。

「銀座を早朝歩いて石ぶつけるとD社の部長にあたる」とからかわれた会社に勤めていた父と一緒に夕食を食べた記憶がほとんど無い、朝食も同じ、異常に早い早朝部長会議がある会社だった。普通の人達の幸せな生活を犠牲にして建て続けたのは、醜悪な建築物群だった。

勿論あの戦争は知らないが、でも戦後というのが私の時代なのでよく覚えている、負けたからしかたないケバケバ下品な色のパチンコ屋、やくざがのさばって経営する娯楽施設等、、もっとも半世紀以上たっても未だに戦後が続いている気配は変わらないが。里帰りすると不必要に大きなビルを建てている、まるでファシスト時代の建築物の如き吹き抜けロビー、恐ろしく巨大である。父親を奪った会社も同じく巨大ビルにおさまっていた。そばには皆の父親の血を吸い取って巨大企業に膨張した各社のビルが建ち並んでいる。その一部を引っ掻いて壊したらきっと子供とくつろぐ時間を持てなかった父親達の血と涙が噴き出してくるだろう、、何時まで続けるつもりなんだろう。

まず初めに人ありき、」と言ったのは誰か知らないが、、何より第一番目に人間がいる、生活する、それも楽しく、そんな空間は日本には期待出来ないのだろうか? 

その回答を得るためにも、日本の未知の世界を覗ける本、沢山の人に読んでもらいたい。

sabato 18 ottobre 2008

PER SUPERPOTENZA CULTURALE 文化大国への道


Per la trasformazione culturale di una superpotenza economica

経済大国から文化大国へ変身

今翻訳に手間取ってるのでその間、日本の達成すべき目標と未来への提案 なんてすごそうなフレーズに見えるけど、自分が肌でじかに感じ経験した身近な事をメモってみた。

日本はまだ世界第二の経済大国などと、おだてやでっちあげにのらないで、着実に歩いた方が賢明、お金持ちになったと言うなら、、じゃ次は本物の文化大国になろう。
(軍事大国、軍備などほっておいていい、公開情報の収集や分析がしっかり出来ないのにどうやって戦争情報の分析、対処が出来るのだろう、よその国から「どうもすいません」と貰うのだろうか、武装軍備拡大は人殺しが好きな国がやれば良い)

日本はベースになる古典文化はすでに持っているが、、これから出来る、やるべき事は山ほど、いっぱいあるのだ、、

日本を知りたい又日本語を勉強する日本好きな人から聞かれる

「映画館であまり日本映画を上映しないから、DVD借りて見たい?」、各国の日本文化会館には数が少ない、例えば在仏パリは持ち出し制度も無く館内で見なくてはならない、カセットがほとんどで監督は黒澤作品等古い物が少し、今の若い監督作品やDVDなど無い、ホント。自国の文化普及に何より簡単なのが映画、「質の良い映画はその国を助ける」誰が言ったわけではないけど、私の考え。 ちなみにパリ在仏イタリア文化会館は何百というDVDがガラスケース棚にいっぱい揃っているデシーカのクラシックから今の若い監督作品まで、、貸し出し持ち出し可、制度なので家でゆっくり見る事が出来る。これが文化国家の格差?
確かにイタリアは日本より経済面で立ち遅れているかもしれないが、治安や組織力でも、ただ国というのはそれらやお金だけでは測量不可能な総合体。

「ようやく夢がかなって、日本に行きまーす、それで好きな盆栽を本場で見たいので盆栽博物館は東京の何処にありますか 住所を教えて下さい?」「うむ うむ む む、、アリャそんな博物館あったけ?」(内心やばっ、地方に植物庭園兼盆栽園ならあるけど、、そこに行くには交通機関がちと難しい)「まあ、まあ、そのうち大きな盆栽博物館が出来るでしょう」とか言ってお茶をにごす、冷や汗。

「日本の本当のKIMONOを着て本場で日本舞踊をほんの真似るだけでいいので、そんな体験できないでしょうか?」この日本舞踊の言葉の部分をあらゆる日本文化芸能や工芸品の言葉にいい変えれば、、予算の無い若者達の希望がリストアップされる。
「あのねーその工芸品は作ってる地方があってそこの名産物だから、その地方に行かないとダメなの」漆はどこそこ、和紙はどこそこ、織物はどこそこ、あー日本陶器狂いのこのパリジャンにあの瀬戸の瀬戸物市バザールを見せたら死ぬほど喜ぶだろうに、、

仏貴族が「この浮世絵の版画は曾祖父の所有品ですが何て書いてあるのでしょうか?」「むっ、読める漢字は少ない、ひらがなが少—しけはいで解るぐらい」「こんな草書でくずれた書き方みたことない」(おじいちゃーん助けて、おじいちゃんはすごかった,そういえば、おばちゃんもミミズがはってるようなひらがなが並ぶ源氏物語を読んでたなー)

結論 今はWEBちゅうもんが出来たので、読めない古典の草書等は日本の国立、県立、何でもいいが、希望者には無料で現代日本語に変換してくれる公立機関があると良い。知る人ぞ知る的な機関でなく広く文化広報として広範囲にPR後に開始する。原文や原画をスキャンしてNETで送付すると日数がたってから現代語になって返信とか、、勿論外国向けの日本文化事業サービスとしても有効なのでは。

今、源氏物語千年記念とか、ちと広報期間が少なさ過ぎる、世界は日本の中の様に伝達が早くない、東欧の人に伝わるのに丸1年はかかる、もっとかも、クロアチアのアーテイストが年が終わる今頃知ってがっかりしている。何事も2、3年以上かけてPRした方が効果があるのでは。

それにこれからは中央アジアにまで広がって行く将来はもっとゆっくり企画をたてて彼らにも楽しんで欲しい。

んでよく聞かれる質問 「日本はお金がないと楽しめないって、、ホントですか?」。これをパリッ子に言われると「 NO 」と言えない


mercoledì 8 ottobre 2008

UN ALTRO MONDO   異質な世界

Alberto Ronchey

1990年11月24日      La Repubblica

Il Giappone che incalza da tanto lontano…
遠くから追い迫る日本、、
Eppure, tanti o troppi occidentali ancora non sanno spiegaresi perché il Giappone avanza e incalza sui mercati …
それにしても、あまりにも沢山の西洋人は日本が何故こんなに市場に追い迫ってくるのか説明がつかないでいる、、、
(略)
La risposta piu frequente si riassume in poche parole : « Quello è un altro mondo ».Come confessare che tutti piu o meno sanno cos’è il Giappone, ma non lo capiscono e neanche vogliono capirlo.
よく聞かれる答えとして簡単に言えば「あれは別の世界」。言ってみれば誰もある程度日本がどんなものか知っている、しかし理解出来ず又解りたいとも思わないのだ。
(略)
Prevalgono spesso l’incuriosità e la cieca ostilità, se non anche il dileggio. Il Giappone risulta distante, freddo, alieno persino a quanti nelle loro imprese lavorano su circuiti integrati Nec o Toshiba, mentre i loro figli non sanno fare a meno dello stereo Sony, del fuoristrada Nissan o Toyota, del motociclo bolide Yamaha, Honda,Suzuki.
嘲り笑いでなければ盲目な敵意と無理解が常に優勢である。多くの人達は NEC や Toshibaの関連企業で働いていている 又その子供達はSony のステレオ、Nissan やToyotaの四輪駆動ジープとかYamaha ,Honda,Suzukiのオートバイ無しではいられないのに、でも彼らにとって日本は遠く、冷たくて異質というありさまである。

E poi offende, o distruba , quell’inesplicata e recente ricchezza che compra tutto, sui mercati immobiliari e nelle aste internaionali di patrimonio artistico.
そして最近の説明がつかない成金、 侮辱的で邪魔でもあるが国際市場で不動産や競売の美術品を全て買いあさっている。
(略)
Ma non c’è niente da imparare ?
だが教わる事は何もないのだろうか?

Sarà vero inoltre che la selezione meritocratica e la competizione individuale, nelle scuole o nelle fabbriche giapponesi, impongono una severa disciplina interiore, ma chi puo dimostrare che sia un male ?
個人競争や実力主義が 日本の学校や工場では厳しい内面の規律が課せられるのは事実だ、しかしこれを誰が悪い事と言えるのだろうか?

Eppure, un giornale inglese definisce quella società workaholic, « ubriaca di lavoro », forse per plagio collettivo,.
にもかかわらず英国の新聞はあの社会はワーカーホリック「仕事中毒」多分 集団奴隷状態 と決めつける、

Un settimanale francese intitola l’ultima inchiesta sul remoto arcipelago : Fous, fous, fous ces japonais.
仏週刊誌が行った遥か彼方の群島の最新調査のタイトルは : 愚か者馬鹿馬鹿それが日本人
(略)
Un sindacalista italiano racconta d’aver visto una fabbrica giapponese di orologi dove nessun operaio, in quaranta minuti, ha mai sollevato la testa né pronunciato parola, concluendo che « quello è schiavismo ». Sicuro ? Ma non somigliano a quegli operai tanti nostri figli, o nipoti, davanti a un videogame ?
伊の組合関係者が日本の工場で見た事を語るには、時計工場で40分間というもの誰も工員が頭を上げなかったし話をしなかった、結果として「あれは奴隷制度だ」確かだろうか?自分達の子供や孫がヴィデオゲームに向かっているのと似ているのではないだろうか?
(略)
Ma perseverando nel dileggio primario e nell’incuranza megaleuropea, l’irruzione dell’industria giapponese nel mercato unico del ’93 è uno storico incidente che aspetta solo di accadere. Per gli europei, allora,sarà come vestirsi di tutto punto e non andare da nesuna parte.
しかし無頓着 なメガヨーロッパの嘲笑に耐えつつ1993年の欧州統一市場を前に日本企業の侵入現象が起きると言う 歴史的な事件を待つばかりである。その時、ヨーロッパ人にとって外出の正装をしたはいいが何処にもお出かけしないという事になる。


Alberto Ronchey記者の記事は「さて皆の衆 日本に御注意あれ、御警戒」と呼んでいつつ、欧州人として反省も促している。でもロンケイ記者の言葉は私にはいつも優しく響く、書く記事にしろ会議やTVで話をしている時も、、何故か彼が日本を気に入ってるのが感じ取れる(きっと色々な日本文化の本を読んで研究しているのだろう)ありがたい話し手だ、、こういう人が一人でも増えてくれると未来に希望が持てる。La Stampa の編集長、文化大臣等を勤めた。

1991年にRizzoli から「 I limiti del Capitalismo —資本主義の限界」を出版、他に著書多数2007年にはGarzanti から「 Viaggi e paesaggi in terre lontane - 遠い地の旅と風景」が出版された。
http://www.ibs.it/code/9788811740704/ronchey-alberto/viaggi-paesaggi-terre.html

彼が2005年に IL MORINELLO賞を貰ったのが嬉しい。とても若く今82歳と思えない思考明晰というか、しっかりした話し方で驚く。授賞式でスピーチするロンケイ氏。

http://it.youtube.com/watch?v=rUL_Bsbsj-c
(彼に賞杯をもたせろ、、)
               
彼は「好きな色はTerra di Sienaだ」と言っていたけど、どんな色あい

こんな色かな?(私)       
             

アルベルト ロンケイ記者の傑作な言葉
「 Raccontare ai giornalisti stranieri la politica culturale italiana non è cosa semplice. Bisogna prima di tutto cercare di non ridere」
「外国人記者にイタリアの政治環境を語るのは簡単な事じゃない。まず最初に必要なのは笑っちゃいけない事」


martedì 30 settembre 2008

mia creazione     私の作品  

私のストレス解消は、日曜大工かヴェネッツィアのビーズでコラージュ

La mia Venezia e Murano 島なんちゃって、学生の時に住んでいたのは 超安家賃の庶民的な Giudecca 島でバポレットがザッテレから出ている。このジュデッカのトラットリアで安くて美味しいガルーゾリ(すごく小さい巻貝?みたい)とんがった方をテーブルの上でトントンとたたいた後、ようじで身をつまみ出して食べる、まだあるかな。

























大学生だったが12歳に見られジュデッカ島民に可愛がられた、朝、威勢良く歩いていると「イッチニッ ! イッチニッ ! 」とかけ声をかけられ 日本人なので「えいDuce ! 」とやられる。こちっちも遠慮せず「Viva Duce ! 」などと言って、あいてる方の手をあげてふざける。むこうは元パルテイジャーノや今共産党員だったり、、人それぞれ。

DUCE( Mussolini )と言えば、後年70歳以上になっていた Biagi 記者とムッソリ―ニの愛人だった(愛人はぺタッチだけではない彼はもてたのだ、、)女性作家が大人の話をしていた。彼女は当時秘書役で、お仕事の合間に何をしていたらしい、、Biagi老が真面目に聴く「Duceの男としてのSexは如何なもの?」彼女曰く「せっかちでしたね(仕事中だから?)」。ビアージ氏「他に特に今でも印象に残っている事は?」けっこうな歳だが賢く優雅な女性は「自分がどう映るかとても気にする男でした、だから新聞記者やメデイアを重要視していた」。今も昔も独裁者って変わらない、ただ元学校の先生で新聞記者だったMussolini 、この独裁者の元愛人は美しいユダヤ女性である。Duceの口癖は「Sabiniのいた頃からユダヤ人はイタリアにいたんだ、、、」

現実と作られた虚像との違いを知る事は今も昔も大事だな〜

連合軍側はムッソリーニを逮捕のみにしたかったらしい、きっと獄中で書いただろう回想記など参考になったろうに、、残念。沢山の人々が興味を持ったに違いない、、特にDuce個人と国との間での苦悩など、、私にもユダヤの友達がいた、つらかった時、独りの時に一番、相談にのってくれた、、、 ユダヤの中で何か歯車が狂ってきている。 
 

mercoledì 24 settembre 2008

MORSA DI YAKUZA やくざの腐食

日本社会のYAKUZAのしみ

Marco Panara

1990年11月22日付      La Repubblica

La morsa della mafia sul Giappone
やくざに蝕まれた日本
Per un sondaggio lorganizzazione è diventata una potenza nazionale
調査によると全国的な力を持つに至った
Secondo lo stile orientale la « Yakuza dispone di uffici, portavoce, segretarie e conta 85 mila affiliati.Oltre che gioco dazzardo e prostituzione ora controlla l’intermediazione negli incidenti stradali e la liquidazione delle aziende fallite
東洋の習慣により「やくざ」は事務所や、スポークスマン、8万5千の支部を持つ事務長がいる。賭博や売春以外に今は交通事故の仲介屋とか倒産企業の清算をコントロールしている。

Ieri la polizia ha reso noti i risultati di un sondaggio al quale hanno risposto 2106 imprese su 3000 contattate.
警察が行った3000の企業に行ったアンケート内2106回答の結果
(略)
Tokyo : Arrivano dopo una telefonata, su appuntamento, e presentano il loro biglietto da visita.Con nome, cognome, indirizzo, numero di telefono e di fax. E poi chiedono soldi.Sotto forma di costosissimi abbonamenti a riviste inesistenti,di improbabili consulenze ecc…
東京発  :一本のアポイントメント電話の後に彼らの名刺を持って現れる。それには姓名 住所電話番号とFax番号が表記。その後で存在しない高価な雑誌の購読料やありえないコンサルタント顧問料とかの金を請求してくる。

Estorsori come gangster, molti altri sono stati vittime del cosiddetti « sokaiya », i professionisti di assemblea, che arrivano negli uffici urlando « banzai» e poi chiedono soldi per garantire tranquillità nel corso dell’assemblea degli azionisti.
ギャングスターの恐喝、その他に多くの人が犠牲者になっているいわゆる『総会屋』、彼らは総会専門で、会場に現れて「万歳」を叫び、その後「金払え」と請求する、その後の株式総会中は何事もおきない安全保証の代金である。
(略)
Le grandi famiglie mafiose sono tre, la Ymaguchi gumi, che ha il quartier generale ad Osaka, conta circa 22 mila aderenti ed ha un giro di affari stimato in 3 mila miliardi, la Inagawa kai e la Sumiyoshi rengo.
大きなやくざファミリーは3つある、山口組は本部が大阪にあり、2万2千人の組員がいて取引額はおおよそ3百億、そして稲川会、住吉連合がある。
(略)
Si arriva al punto di reclutare il personale con avvisi sui giornali : tutte le industrie soffrono di carenza di manodopera e quella della malavita ha gli stessi problemi delle altre.
新聞に求人広告までだす始末である、全ての企業は人手不足に悩んでいるので、犯罪組織も他と同じ悩みを抱えている。


Marco Panaraの記事は日本社会を分析する目がますます面白くなる。今回はやくざの総会屋、株式総会荒しの様子を書き、同時に日本社会の中に不思議な存在の仕方(イタリア人にとって)を映し出す。この記事も多少微笑ましい、何故ならイタリアのマフィアは日本と同じだが完全に政治、ビジネス界以外にも司法界、判事、検事やその下の憲兵、警察、巡査 又 宗教界に地域により、非常に深く浸食している。ただマフィアは伊人の善良な市民の仮面をかぶっている分よけい悪質で狡猾と言える。イタリア人はこのマルコの記事でYAKUZAにアレーとあきれ、笑ってしまう、そして多少癒される。

何年後かに日本から燃料を浪費するケバケバネオンやパチンコ、パチスロ、サラ金等が全滅するのを期待する一方イタリアのマフィア退治の消毒ぶりを見ている。

マフィア菌、 やくざ菌からぺニシリンが出来ないのは確か、


giovedì 18 settembre 2008

Mio preferito     お気に入りパーティー

今日は何の日、リアルタイムは Happy birthday !! どうでもよい
まあ かたい事いわず、お気に入りvideoパーテイーだ、、 
 
おまじない師 MAYA の小人達 も招待 !
 

言い伝えによると この6人は
MAYA INDIANS OF GUATEMALA

ミニミニ マヤの祈祷師は
身の丈1.5cm



( 勝手につけた名前は    Toma, Max, Jack, Edward,
Taro, Roberto )


夜 寝る前に、彼らに悩みや 頼み 心配事を ささやいて、枕の下に入れて寝る.......と.....どうでしょう 翌朝は諸々の心配事はさっぱり消えてなくなります。

このマヤの小人達が持ち去るのだとか、、、おためしあれ〜 

ではパーティーのスタート 

Nanni Moretti

http://www.youtube.com/watch?v=DbJrC3-YZI8

伊の記者が、この法王の葬儀に出席するには役不足のミスでは?に、答えた
日本国代表の女性補佐官の言葉「それは内政干渉、」とつっけんどな態度。

この葬儀で地球上の世界各国に日本は完全に国際外交音痴だと知れ渡ってしまった。それからは何かと無視されても「しかたない国」になっていった、


ジョヴァンニ パオロ2世 ありがとう あんなに世界の攻撃から日本をかばい続けてくれた偉大な法王ウォイティワへ何の感謝もしなかった国、、ごめんなさい、哀しい思い、私の小さいお祈りが届くように。



午前中 Tintoretto に会いに行った、珍しいホント Parisの教会 Saint François Xavier にこの「最後の晩餐」がある、深い色が美しい。ザビエルと言えば、今年ヴァティカンはイエズス会の長は35年日本にいた人を選んだ、これで少し面白くなるかな。法王庁は一つの国、最大輸出項目はカトリック、情報伝達、現場マーケッティングが優秀なのが特徴。私はこの国の前の王様 Giovanni Paolo 2世の大ファンです(無宗教でゴメンナサイ)


王様ありがとう、、     皆さま be Happy !!!!

martedì 9 settembre 2008

INTERVISTA AL TERROLISTA テロリストにインタビュー

Marco  Panara    Tokyo

1990年11月10日付          La Repubblica

Tokyo : hanno uffici, fax e telefono. Parla un rivoluzionario del « chukaku-ha »
Professione terroristaオフィスには電話 Fax あり"中核派"革命家が話す。 職業はテロリスト

Mettono bombe ma non si nascondono gli estremisti che lottano contro Akihito
「反AKIHITO(天皇)」として戦う過激派は爆弾を仕掛けても潜伏したりしない。

Tokyo – In questo paese è impossibile nascondersi e loro ne hanno preso atto.Hanno un quartier generale,sette uffici periferici,per la gran parte in edifici di loro proprietà, un numero di telefono. Chiamarli terroristi è forse eccessivo,loro si definiscono guerriglieri,ma si potrebbe chiamarli agitatori o sabotatori,specie rivoluzionarie ottocentesche ormai in estinzione che ancora allignano in Giappone,area paradossalmente protetta.Il nome del grupppo è Chukaku--ha,che vuol dire « Asse rivoluzionario »
この国は何も隠す事が出来ない、彼らもそれに漏れない。総本部があり、郊外には7つの事務所を持ち、ほとんどが彼ら所有の建物で電話もある。テロリストと呼ぶには、おおげさだ。彼らはゲリラと自称しているが、アジテーターかサボタージュ活動家が妥当である。日本にまだ生き残っている、滅びつつある1800年代の革命家の一種のようだ。グループの名前は「中核派」、即ち「革命同盟」。

Fazioni rivali della sinistra radicale.
過激派左翼の対立分派である

« Sono un giornalista italiano,vorrei intervistarvi ». « Le mandiamo un questionario via fax,lei risponda e poi le faremo sapere » .
Passa qualche ora ed arriva un altro fax « Venerdi all’una »,piu indirizzo ed una piantina per ragiungere il posto. Un quartiere anonimo di Tokyo.
「私はイタリアのジャーナリストで貴方にインタビユーしたい」に、「質問状をfax で送る、貴方が返答したらその後に連絡する」と、、何時間かたってもう一枚のfax "金曜日の13時"とさらに住所とその場所にたどりつく地図が送信されてくる。東京にある名を伏せたアジトである。

Nessuno di coloro che frequenta questo edificio avrà mai letto Hugo Plratt,ma sembra di stare in un’aventure bullonate da primo Novecento,
この事務所に行き来する者は誰もウーゴ プラットを読んだ事がないのだろう、しかしまるで1900年代初期の冒険物語に出くわしたようだ。

Si apre un’altra porticina ed entriamo nel covo.Un mucchio di scarpe all’ingresso,come in qualsiasi casa giapponese si cammina scalzi,ma si sente che l’aerazione è razionata. Il signor Fujiwara è attempato ma prestante,indossa camicia e cravatta sotto una grisaglia maroncina ;ha 53anni.
もう一つの扉が開くと隠れ家に入る。玄関には沢山の靴がある、日本の全ての住宅は裸足で歩く、ここでも枠から外れる事はあり得ない。藤原氏は年配だがはつらつとして元気、茶系の霜降りの下はYシャツとネクタイ、53歳である。

« Aspettiamo oggi una irruzione della polizia- esordisce- in quel caso dovrà scusarmi ma dovremo interrompere l’intervista »
「今日は警察の家宅捜索が入るかもしれない(と前置きして) 申し訳ないがその場合はインタビユーは打ち切らなくてはならない」

Come fate sapere che oggi verranno ?
どうして今日くるのが分かるのか?
« Vengono spesso, e per noi non è mai una sorpresa.Questa mattina, attesi, hanno fatto una irruzione nella nostra sede di Kanagawa, piu tardi arriveranno qui »
「よく来る、俺たちには別に驚く事では無い。今朝我々の神奈川の本部が捜索に入られた、その後はここにくるだろう」

Questi due palazzetti valgono parecchio, Come vi finanziate ?
この建物は高価な物だが、どのようにやりくりしているのか?
« Tutti i membri dell’organizzazione versno una quota mensile,riceviamo donazioni dai simpatizzanti e vendiamo la nostra rivista, Zenshin (Progresso,ndr) »
「組織のメンバー全員は毎月経費を払い込む、親派からは寄付があるし、我々の雑誌「前進」を販売している」

Ma quanti siete e quanto raccogliete ogni anno ?
何人いて、毎年幾らくらい集まるのか?
« Non le posso dare alcun numero »
「数字をあげる事は出来ない」

Secondo uno studio pubblicato nel 1989 dal Pentagono,Chukaku-ha ha 3 mila membri dei quali 200 a tempo pieno,secondo la polizia giapponese gli aderenti sono almeno 5 mila.
ペンタゴンの1989年度発表の調査では、中核派は3千人のメンバーでうち200人はフルタイム、日本警察によると組織人口はおおよそ5千人。

Cosa volete ?
何をしたいのか?
« Siamo contro l’imperialismo,contro lo stalinismo e per la rivoluzione globale,siamo marxisti leninisti e ci battiamo perché il mondo,tutto insieme,avanzi lungo la via del socialismo e del comunismo »
「帝国主義に反対、スターリン主義に反対、グローバル革命のため我々はマルクスとレーニン主義で皆いっしょに世界が社会主義と共産主義に進む様に戦う。

Casa pensate di Gorbaciov ?
ゴルバチョフについてどう考えている?
« E’ un stalinista »
「スターリン主義者だ」

E’ di Deng Xiaoping ?
鄧小平は?
« E ‘ uno stalinista dei piu puri »
「一番純粋なスターリン主義者だ」

E del partito comunista giapponese ?
日本共産党は?
« Sono stalinisti e come tali nostro nemici »
「彼らもスターリン主義者だ、したがって我々の敵である」

Mi scusi,ma c’è qualcuno al mondo al quale vi ispirate o del quale pensate bene o con cui pensate di poter collaborare ?
失礼だがこの世に理想としている、又は考えが合う、或は協力出来ると考えている物があるのか?
« No,che io sappia non c’è nessuno che abbia il nostro stesso programma, ma abbiamo simpatia per il popolo palestinese,per la gente di Pechino che combatte contro Deng.Nessun collegamento operativo,solo simpatia »
「いいや、私が知る限りでは我々と同じ課題を持ったのは、誰もいない、ただパレステイーナ人や対 鄧小平と戦う北京の人達に親しみを持つ。活動には何ら関係はない単にシンパテイーのみだ」

A sentire i vostri proclami l’imperatore è il nemico numero uno. Perché ?
あなた方の宣言では、第一番の敵は天皇だが、何故か?
« Perché rappresenta il sistema piu violento e servaggio del mondo,che ha ammazzato 20 milioni di asiatici e colonizzato buona parte dell’Asia.L’imperialismo giapponese è cominciato con l’epoca Meiji(nella seconda metà del secolo scorso,ndr),quando il sistema
Imperiale giapponese ha incontrato il capitalismo,la miscela che ne è uscita è la peggiore che sia possa immaginare.Abbiamo fatto la seconda guerra mondiale perchè volevano colonizzare il Pacifico,e lo rifaremo perchè ilGiappone non riuscirà mai ad integrarsi davvero con l’Occidente,resterà isolato e dovrà crearsi un suo spazio in Asia ,e lo farà con le armi,e ancora una volta nel nome dell’imperatore.Si ama dire che l’imperatore non ha mai avuto potere,non è vro.Dopo la guerra il Giappone ha accettato di trasformarlo in simbolo,ma solo perchè quello era il massimo che ci sarebbe stato consentito.Ora si sta ciminciando a ricostruire il sistema imperiale.Questa incoronazione cos’altro è ? Con la cerimonia di lunedi,il Sokui-no-Rei,il tenno diventa superiore a tutti,comprsi Parlamento e governo,con quella del 22,il Daijosai,diventa dio.Saranno simboli,ma i simboli alla fine diventano fatti.Lunedi per la prima volta davanti all’imperatore saranno schierati 2 mila 500 soldati.E’la prima volta che dalla fine della guerra due « simboli »cosi odiosi vengono rimessi accanto.E questo vuol dire che l’esercito di autodifesa si avvia a diventare l’esercito dell’imperatore »
(訳略-何故なら例のアンチ天皇論、脳血栓寸前のカチカチ頭の日教組的な意見、はしょります)

Saboterete l’incoronazione ?
即位式をサボタージュするつもりか?
« Abbiamo promesso che faremmo di tutto per impedirla,e manterremo la promessa »
「我々は阻止すると約束をした、約束は守る」

Ma non siete contrari agli spargimenti di sangue ?
しかし流血には反対ではないのか?
« Noi non vogliamo coinvolgere nessuno,chi ha paura non ci vada, è stato avvertito »
「我々は誰も巻き添えにしたくない、怖い人は行くな、事前に警告してある」

E’ vero che avete dei mortai e dei missili ?
爆弾やミサイルを持ってるとか、本当か?
« Non so nulla di tutto questo,se ne occupa la parte clandestina dell’organizzazione.Noi qui siamo la parte che opera in piena legalità, è per questo che possiamo girare,stampare e vendere rivista,farci intervistare »
「その事については何も知らない、地下組織の部門が担当している。我々は全く合法な工作をする部署である、だから自由に動けるし雑誌を印刷したり販売したり出来るし、インタビューも受けられる」

Ma quando rivendicate attentati non siete fuori dalla legge ?
しかし抗議のテロ行為は法律違反ではないか?
« Gli attentati li rivendica l’organizzazione,che non è punibile.Ogni volta viene la polizia ma non arresta mai nessuno,per farlo dovrebbe scoprire chi personalmente lo ha commesso,e quasi mai ci riesce »
組織のテロ抗議は、罰則する事が出来ない。毎回警察がやってくるが誰も逮捕出来ない、それをするには誰が直接に関わったか判明させなければならない、ほとんどそれは出来無い」

Ma chi siete,quanti anni avete,che lavoro fate,cosa pensano di voi le vostre mogli ed i vostri figli ?
貴方達は誰で、何歳で、何の仕事をしているのか、奥さんや子供達は貴方達をどう思っているのか?
« Siamo dipendenti pubblici o impiegati di società private,qualche operaio »
「我々は公務員や会社の社員とか、工員も何人かいる」

Avete problemi sul posto di lavoro ?
仕事場で問題はおきるのか?
« Sempre.Le faccio un esempio di questi giorni :alcuni dei nostri lavorano alle Poste e lunedi sono stati messi tutti di turno,per non farli partecipare alle nostre proposte »
「いつもだ。例えば最近だが、我々のうちの何人かは郵便局で働いているが、我々の抗議に参加出来ない様に月曜日には皆交互に働くように組まれた」

Ci sono anche studenti ?
学生もいるのか?
« No, direi di no,non ho statistiche ma siamo tra i quaranta ed i cinquanta,gente normale,che lavora e poi la sera e la notte lavora ancora per l’organizzazione »
「いや、いないだろう、統計はないがしかし我々は40代から50代で普通の人間だ、働いた後、夕方や夜に組織の為にさらに働く」

E la domenica ?
日曜日は?
« Al parco con i bambini »
「子供と公園に行く」


L’intervista finisce con un velo di delusione,la polizia questa volta s’è fatta aspettare invano.
インタビユーは警察はこずに待ちぼうけとなり 多少の期待はずれで終った。


マルコ パナーラ記者が左翼過激派にインタビュー  もう これだけでほほ笑ましい。イタリアやフランスにも沢山いる左翼系中老年達を乗せた さまよえるオランダ船、何処が目的の錨を下ろす港か迷い、、今世紀を漂流している。 

多少可笑しさを含んだ 彼の東京発信記事は だんだんイタリアの人々にとって、癒し記事となっていく運命にありました。湾岸戦争の刺々しい時代にポッと咲く、可愛いくもおかしな花の様に Marco Panara 記者が日本を綴る文章は 心をほぐしてくれたのです。

domenica 31 agosto 2008

Sigla Italiana  夏だ歌おうアニメ シグラ イタリアーナ

♪あ〜なつかしSigla Italiana ai nostalgici ♪Anime Giapponese ♬

Lady Oscar
http://www.youtube.com/watch?v=Os9IakD5NOw&feature=related


Daitan 3

http://www.youtube.com/watch?v=_dRn6HH2A1Y

I Cavalieri dello Zodiaco

http://www.youtube.com/watch?v=_M9rMvVCQ3k

Ken il Guerriero
http://www.youtube.com/watch?v=-lcJ7Fo74Q8

Sampei
http://www.youtube.com/watch?v=9TrcgCgwKMg


Gigi la trottola

http://www.youtube.com/watch?v=MIcGOwgKu48&feature=related

これらはほんの一部、まだまだ沢山の懐かしいイタ日アニメソングがいっぱいある。これを歌いながら育った子供達は大きくなり、チャンスをつかみ憧れの地 Nipponに飛び立っていった。

イタリアに帰ってきた人達は、私が教えた日本語は古く(ヒエーッ流行ことばが激しく移り変わる国だ〜)駅名の看板は日本語とROMA字では無く韓国語や中国語があって混乱?と苦情があった。

言われた時は何の事か分からなかったが、先年、うん十年ぶりに里帰りして、アッ ! とあっけにとられた。何と駅名や駅の案内に日本語と韓国語や中国語がごちゃごちゃ並んでいる、そんな物は昔 無かった、、、何で? 

駅名は日本語とROMA字、表示は日本語と英語で充分なはず〜

ある時、日本でTVのCMに「日本には停電はない、、」?変なキャッチコピー、、その3日後に大きめな停電がおきた。ここにも何時もは何処かに隠れていて、何かの時にわらわら現れる別種の蜘蛛の子がいっぱいいるんだな〜 あれこれ暫くぶりの故郷は「何故」ばかり。

プラットホームで日本語のわきに韓国語と中国語が並ぶ駅名をじーと見ながら悲しくて(ここは日本なのに、、と)独り沈んだ。

♪allora cantiamo insieme " coràggio italia & giappone♪"♬

(you tube期限切れになってたらゴメンナサイ)

venerdì 15 agosto 2008

MICHELE SANTORO   ジャーナリスト戦士

事実と言うパズルを組み合わせ真実の絵図をあぶり出す追求姿勢

ミケーレ サントーロと東京裁判
1980年代ミケーレ サントーロに初めて「ん?この人、誰?」と気がつき、記憶に残っているシーンが幾つかある。大分昔に映画「東京裁判」がRAI TVで放映された時に映画の後のトークメンバーの一人として「自分は通りすがりの普通の人間だが、言わしてもらうと」と前おきして話し出したのが新鮮だった。欧州では今気ずかれ始めているが、当時既にサントーロは「インドの弁護側から言われているがこの日本の戦争はアジアの植民地解放戦争だったのでは?」の問いに出席者の日本人弁護士は「いや、経済侵略戦争の一種でした」と苦笑しながら答えていた。サントーロは日本の大東亜戦争の勝者側からでない事実を模索していた、この彼の真剣な姿勢とイメージが私の脳裏に未だに焼き付いている。これが私がミケーレサントーロを知った時だった、同じ様に日本の映画「東京裁判」を見たのも初めてだった。思うにあの頃から彼の事実と真実を追求する姿は、変わりなく今に続いてるんだ、、感動。


MICHELE SANTORO & SAMARCANDA    湾岸戦争編

今も続く彼の人気トークショウTV番組のうち 湾岸戦争時代の ピークとも言えるのが SAMARCANDA 。この番組の中で1、2回あった湾岸戦争賛否論争。出席者は米国軍事戦略評論家Edward Luttwak , 日本に住む米国人Clark、在イタリア米国大使 Peter Secchia 等がそれぞれの意見で活発な論争をした。この出席者と共に他の人達も交えて湾岸戦争の正当性が審議され、この回は当時の番組の中でも非常に有益な湾岸戦争是非討論が交わされたので、TVトーク番組史に残る秀作と思える。

ただ私がピックアップするのは可笑しかったショットのみ、、すいません。

クラークが「自分の国アメリカは日本と同じく島国だ」に、サントーロの言葉「何、言ってる!アメリカは島ではない、あれは大陸と言うのだ !」に思わず吹き出した。Clarkは「アメリカでは貧乏家庭の若者は勉強を続ける為に軍隊に入る、だから貧乏人ばかりが戦争に駆り立てられる」と戦争NO組、当時はイタリア人にとって貧乏なアメリカ人は想像しにくく半信半疑の雰囲気がスタジオにあふれた。いわゆるRICCO ZIO AMERICANOアメリカの金持ちおじさん、が当たり前と思われていた。

米国軍事戦略評論家のサデステイックともとれるEdward Luttwakの言葉に耐えつつ、彼の米国側戦争正当論を聞かなければならず、いやーな感じでTVを見ていた、当時日本は戦争不参加だったので出席者達から尊敬されていた、そのイライラからか話の途中で「米国は日本製の新しい戦車を使用してるがこれがなかなかいい性能だ」「ん?」サントーロすかさず「そんなはずはない !」確かに、私も初めて聞く、いつから日本はアメリカの為に戦車を造っていたのだ?そんな馬鹿な、、日本は軍事品は鉄砲の玉一つさえ輸出してない、と聞いている、この言葉にはビックリ、おまけに意地悪じいさんみたいなLuttwakが言うのでよけい嫌がらせ的。

在イタリア米国Peter Secchia 大使は後に私的な事だが、任務が終わり伊を離れる時は家族皆で船で日本に寄ってその後帰国すると話していたのが何故か印象に残っている。他局の番組にもイタリアにいる米国人が蜘蛛の子みたいに何処からか、わらわら現れ、この民間人が米政府の主張を口を揃えて唱える、何でそんなに連帯するのか不思議、しかも良く揃えてある。もち、日本人は何処にも皆無。

この時のサマルカンダへの出席者は紙とかのあんちょこを見てはだめ、という約束で自分の口からでてくる言葉のみ、でお互いに討論し合った。この放送番組の資料videoを探したが見つからない、残念。


1991年著書 “Oltre Samarcanda” をSperling & Kupfer 社より出版

その後彼はジャーナリストBIAGIと共に当時のBerlusconi政府を批判、首相の御機嫌を損ねRAIから一時期、日干しにされた事がある。


いい加減とか数字が違っても平気等とイタリア人にケチをつける人がいるが、どんな圧力を受けても怯まないこのイタリアジャーナリストの、戦士の様な頑丈な意思で権力に抵抗する姿は数字や小さな正確さよりずーとすごい。

venerdì 8 agosto 2008

RAPSODIA D'AGOSTO   8月のラプソディー

RAPSODIA D’AGOSTO (8月の狂詩曲)&
IO TI SALVERO(白い恐怖)

2つの映画 巨大な監視の目玉

1991年のカンヌ映画祭に黒澤明監督 Rapsodia d’Agosto (8月の狂詩曲)が招待されリチャードギアが来るかなと期待(内心はポリテイカルメンテ来るはずがないと諦めてはいたけど)何せ米政府広報がカンカンに腹立てて狂っていた時代だから、、


反面1991年度に発表には抜群 グッド ポリティカル タイミングさすが天皇、国際政治感覚が冴えていた。
特に面白かったのはTV NEWS でこの映画の紹介をしている RAI TG女性アナウサーの背景にニューと原爆きのこの巨大な目玉がジローと伊ジャーナリストを覗いてるショットが映り、、、彼女ぎょっとしていた、これは傑作メッセ―ジ。
         黒澤天皇〜目的達成で〜す。

1991年の時代は何処からか横槍バッシングがあった様ですがイタリアでは好評、今ではブログが発明されイタリアの映画好きに相変わらず高い評価を受けています(天皇見て下され、貴方を愛したイタリアの人達の高評価コメントが天国へ届きます様に)。



もう一つ面白いのは私が大好きなグレゴリーペックとイングリッドバーグマン共演1945年のヒチコック監督映画「Io ti salvero」(白い恐怖)が古い映画にもかかわらずこの1991年の時期にTVで放送され、敗戦後の日本人のトラウマや湾岸戦争で再発した感情に多極面で共通し感動的、この映画の装置にダリが描いた大きな監視の目玉のシーンが出てきます。1945年と1991年の目の主は違うのでしょうか(タイトルは白に人とか光を付けると分かり易い)ただコンテンツは共通なのでは、、




http://it.youtube.com/watch?v=NHpMAvy71rA

この二つの映画に共通の巨大な灰色の目玉のモチーフが今も目に焼き付いて離れない、、黒澤巨匠が表現したかったそのものズバリ、、、この目玉でいつまでも苦労します、、




mercoledì 6 agosto 2008

BOMBA ATOMICA DI HIROSHIMA   広島原爆の日

PRIMA E SPERO ULTIMA BOMBA ATOMICA A HIROSHIMA
1945年8月6日 原子爆弾で広島空爆 

1960年代後半からイタリアTVには日本アニメはお正月が出番、必ず毎年日本の劇場用アニメを放送してくれました「シンドバッドの冒険」「白蛇伝」「アリババと47匹の猫?」等そして70年代初期に「山の少女ハイジ」がデビューして 爆発的な人気で高い地位を獲得、それ以来現在まで雨にも風にも負けずに変わらずに日本アニメを継続して放送し続けてきました。(道中様々な批判等横槍が多方面から入りましたが放送担当者達は耐え続け、イタリアの次期世代の心をつかむ事に成功しました)

同様に毎年伊で必ず見られたニュースは「新年の出初め式で火消のはしご登り」「札幌の雪祭り」そして「8月6日広島原爆の日」。

ただし、、、この湾岸危機(1990年8月2日イラク軍がクエート侵入)が始まり(1991年1月17日米国のバクダッド空爆)からの数年、そしてその後の10年等、日本という国は発音してはいけない国になって行きます。残念な事に湾岸戦争中は広島原爆の日は故意に無視され、この時期から日本の事は少しづつ禁句になり始めました、、、しかたなくメデイアや人々は「あの国」とか「何処かの国」とかと言って意思疎通の波間を動き始めました。何せ金持ちのアンクルが嫌な顔で激怒するわ、仲間割れもありで、、苦難苦節の道。

1990年の過去を書いてる中で未来年2008年8月6日を前にこんな記事と写真がレプッブリカサイトに発表され、、、ヴィットリオ ズッコ―ニ記者の勇気に尊敬しつつもビックリ。

Vittorio Zucconi    la Repubblica.it

1945年に米兵Samuel Cappが母国帰国の前に日本の洞窟内の死者の所持品をフィルムのまま持ち帰り、後に現像されスタンフォード大学に保管されていた広島空爆(原子爆弾)直後のシークレットフォト。2008年まで公開禁止命令を受けていた写真で、 Mercedのカリフォルニア大学、 Sean Malloy教授が探し出し発表された物、等の記事と共に、、
      
FOTO SEGRETO: HIROSHIMA BOMBA ATOMICA
ただ以下の写真が偽か否か自分で判断して下さい。イタリアジャーナリストの勇気とその人間性、自由さにevviva italia。あの自然地震だった関東大震災と混合した原爆写真とも?
今の原爆は数千倍の威力、弊害、副作用を持っている。原爆ミサイルや自然天災でない地震、竜巻,突発豪雨等が襲って来た時、、、2008年はその被害の根本的回避対策を考える時、この写真の死者達はそれを知らせる為に今かえって来たのでは、、


















































今私はバクダッド空爆の時期を書きこんでいる最中、クエートハイウェイ路上で逃げるイラク軍兵士が劣化ウラン爆弾等で黒こげになった写真とがクロスして複雑な気持。
(この時の状況報告写真を見たブッシュ父が涙ぐむ、、と伊のニュースは伝えた、一般人には見せられない残酷な写真が他にも沢山あったのだろう、、、)もっともその後この死体の後始末は国連衛生機関の担当ハイエナの役目とか(当時は日本が担当)どこまで続くぬかるみ、(米国政府広報関係者はあの湾岸時代は影で毎回シャンパンで乾杯を続けていたのでは、、)

歴史学者Maurizio Brunori は著書「日本」Storia e civiltà del Sol Levante に日本は世界で一番文明が発達した国と書いていた。

今「国家」とか「国益」とかが頻繁に叫ばれている、、そうなんだろうか?それは近代文明の中で国家概念の歴史が浅い国が落ち易い罠なのでは?、、それが過ぎると、世界中の民の方を基盤にした考えの方が何かしっくりくる、そんな時代がやって来るのでは、私にはそんな気がしてならない、夢かな?

mercoledì 30 luglio 2008

Che nostalgia 懐かしのアニメソング

♪Sigla Italiana : Cartoni Animati Giapponese ' 80 ♫

1980年代にイタリアで放送された懐かしの日本アニメ伊語版
イタリアの " 若者達 " ? の楽しいコメント♪

Jeeg Robot D'Acciaio

今36歳、これを聞くと悪人を捕まえに飛び出したくなる、、、Daitan 3. Capitan Harlock. Goldrakeなど次々並べてみてる。Jeegの最終回には泣いたなァ。考えるに今でも泣くかも(もちろん、枕に顔を隠してだけど)何せ息子が2人いる!(Theta72)

Goldrake
http://fr.youtube.com/watch?v=_ndFjCNCmv4&NR=1

たしかGoldrakeはイタリアで最初のロボットアニメだったのでは、ちがうか?(franziski71)

私は1990年組だけど地方局の放送をいつもお父さんと見ていたのを思い出す(父が大ファンだった) 間違えてなければ、3D 映画作ったとか? (scafatesemenevanto)

おい、1974年誕生組はいっつも一番怠け者だな?
それは多分お昼を食べた後いねむりしていたからだろう?でもActarusが起してくれたなあ :)
はいッ、74年組出席です! (g4be)

今になって感動的、、子供にもどりたい、、クスン! (lingaro2007)

こうゆうまんがをもう放送しないのが本当に残念、Goldrake からGrande Mazinga !!!まで。 (glkcp34)

僕は94年組、でも兄さんがカセットに録画しておいたので何千回って見たよ、、行けッActarussssssss !! ( xxxharbansxxx)

1973年組 出席デス。    ( aiacc )

めがしらが熱くなってきちゃった。  ( coquar0)

Galaxy Express 999
http://www.youtube.com/watch?v=EWyq_epmka4

galaxy..今は泣けちゃう、なんとアニメが傑作だった頃、、( h4ch4b)

あの頃のTVを取り戻したい、、1980年組出席です! (pacienza86)

まあ〜何となつかしい!!小さい時見てたわ、何てステキ、永遠に放送し続けるといいのに、そうすればいつか私の子供も見れるかも、(ClaRy993)

♪キスミーキスミー リーチャア〜♪と歌って、これ知らない伊の若者はもぐりだ〜?

ポロンのおかげで高校でいい成績とった。ポロン、ポロン問題起こす子でもオリュンポスの幸せな子、神さま皆のお気に入り。(sella78)

へ へ へ 私も、全部の神話知ってたので先生は私がギリシア語とラテン語の天才と思い込んでた。(dildebranda)

テーマソングシーンだけ見てても、最高にステキ、ノスタルジアと可愛いさ、この Hideo Azuma という人天才かも!!(mirkozp)

Hello Spank
http://www.youtube.com/watch?v=iPMVfSfyAQI&feature=related

皆さん今日は、私は27歳で1981年誕生組でも、30−35歳代と15−20歳に連帯〜い。ハロースパンクは特別ステキなアニメ。マンガやアニメに純粋さが欠ける様になったと言うのは間違ってる。でも今は殴り合いばかり、、、(devethebox6)

私のお気に入りのアニメです。(makitelofafa)

Capitan Harlock
http://www.youtube.com/watch?v=PxJQ3P6y9tk&NR=1

CAPITAN HARLOCKは偉大なアニメ。 偉大な同志 (Simone TS)

Capitan Harlockがもしかしてアナキーで作者は共産主義者だったと?何いってんだ、、何か言う前は、よく調べてからにしろ、思うにおまえ達ヒーローえらび間違えたんだろ! (nikodoriano)

良い時代。何で政治と関係あるの? (piermaras70)

80年代のめちゃかっこいい奴(geremia67)

Devilman
http://www.youtube.com/watch?v=S2kaMx_nc4g&NR=1

いつもお兄ちゃんと一緒に見ていた、、でも今はいない。彼はこのアニメが大好きだった、僕も、兄の思い出と一緒に素晴らしかった時を肌に感じたいので僕はデビルマンの刺青をした。(highwoodgigi)

おれはパンとデビルマンで育った、、、カッコイイ、、
(HeavenAndHell1983)

最初のシリーズではタイガーマスクが幼児の頃に靴みがきをしていたのがチラッ、イタリア人が見て「あッあいつも」、セカンドシリーズは大分金持ちになったタイガーマスク、かっこいいアラブ人もでてきて、人種差別が肌にあわないイタリア人には日本のアニメはいつも大人気です。

Uomo Tigre ( I Cavalieri del Re)
http://www.youtube.com/watch?v=T_MsfyBNOuY&feature=related

タイガーマスクのアニメソングを歌ったグル—プ(王の騎士達)もう皆さんけっこうなお歳で、スタジオの見学者も楽しそうな大人子供?がいっぱい。

素晴らしい懐かしいイタリア バージョン アニメソング

♩ tutti canzoni bellissimi, quanti ricordi e nostalgie nel gioventu ♬♬
coraggio bambini ♪ adesso cantiamo insieme ♫


(you tube賞味期限が切れてたらごめんなさい)

venerdì 25 luglio 2008

NAKASONE A BAGDAD    中曽根がバグダッドへ

NAKASONE  DA  SADDAM  &   人質達

MARCO PANARA         Tokyo発

1990年10月31日付            La  Repubblica

Parlerà con Saddam
サダムと話し合い
Nakasone a Bagdad preoccupa Washington
中曽根がバグダッドに、ワシントンの心配

Sabato prossimo l'ex primo ministro giapponese Yasuhiro Nakasone, insieme ad una delegazione di parlamentari liberaldemocratici,partirà per Bagdad dove incontrerà il presidente iracheno Saddam Hussein.
E,questa, la risposta del partito di maggioranza giapponese(Ldp) all’insoddisfazione del paese su come il governo ha gestito l’intera vicenda degli ostaggi.Di fronte al viaggio di Nakasone, il Dipartimento di Stato americano si è mostrato preoccupato e ieri il portavoce del segretario alla Difesa James Baker ha fatto una dichiarazione ammonendo l’ex primo ministro di Tokyo a non cadere nella trappola della propaganda di Saddam Hussein. Nakasone ha fatto tutto il possibile per rassicurare l’alleato di oltre oceano.

今度の土曜日に日本の中曽根元首相が国会議員自民党代表と共にイラクの大統領サダムフセインに会いにイラクに出発。
これが人質問題全行程を扱った政府への不満を持つ国民に出した与党(自由民主党)の返答である。中曽根の今回の旅について米国国防総省スポークスマンは、ジェームス ベーカーが日本の元首相に「サダムがしかける宣伝工作の罠に落ちないように」と釘を刺す宣言をした。中曽根は太平洋の向こう側にいる同盟国に出来るかぎり「心配しないように」と保証。
(略)

このMarco Panara記者の新聞記事が載った頃にはTV NEWSも同じべーカーのワシントンからの一喝?を放映していました、、ただ違う点は画面にサダムも中曽根も現れず、、太い透明なチューブや四角形の迷路で猿が実験用に何回も同じ行為をさせられ、罠に落ちそうになる映像が追加で流れていました、、他は何やらの実験で罠に落ちるハツカネズミが出演、等米国のVIDEOをそのまま放送。

自分の国がからかわれているのは、ある程度慣れてくると許す気持ち大というか、平気になりますが(それしかない、文句つければよけい面白がってもっとひどい物をばらまくでしょうから)。ただ米国は平気で面白半分に欧州に送ってきますが、ヨーロッパの人々は同じ感覚ではないので、、結果として逆効果。特に伊では(日本人の私には長い年月の米国のからかいとその傲慢さにもーうんざり)同じTV見ている人達にも同じ感情が湧きおこるという現象を計算に入れないといけないですね。

迷路の様な広報戦の始り、不透明な五角形の数多い落とし穴には罠を仕掛けた本人達が落ちてしまったようです。


giovedì 24 luglio 2008

GUERRA SI, GUERRA NO   戦争 YES, 戦争 NO 

SI vs NO = NI        New Key Word     " NI "

Marco Panara

1990年10月31日付        La Repubblica

Guerra si, guerra no il dilemma di Tokyo
L'invio di truppe tocca uno dei nervi scoperti del paese : il passato militarista.
Il piano di Kaifu divide il Giappone
戦争YesかNoか政府(東京)の悩み、派兵はこの国が過去に軍国主義だった痛い神経に触る、海部の戦略案は日本を分割
I carri armati di Saddam Hussein hanno risvegliato il Giappone da un letargo lungo 45 anni, ma il Giappone non vuole andare alla guerra.サダムフセインの戦車は日本を長い45年間の冬眠から目覚めさせた、しかし日本は戦争に行きたくない。

マルコ記者のこの記事が載った頃はイタリアも戦争への賛否両論が激化。しかし戦争反対論者をどんどん隅に追いやるメディア操作も激しさを増します。反対論者は現実を見ない空論とまで言われ、平和論者 ( PACIFISTI )は笑い者にまでなり始めました。

隣のフランスも最後まで反対してましたが、、ある日突然コロッと意見を翻し、ホントに1日で報道が正反対になり、これにはあっけにとられ、見ていた方がビックリ仰天。

イタリアは結構長く嫌だ嫌だと言い続け、日本の様子もじーと見ていました。そんな様子は米国をイライラさせべーカー国務長官が頻繁に欧州に飛んでくるので、しかたなくイタリアは空軍の支援出動準備を整え始めました。



上は1991年6月26日のCorriere della Sera - Miriam Verriniの記事の写真。日付が少し飛んでしまいますが、半ページにわたる日本と仏首相との口喧嘩の記事で海部とクレッソン両首相の大きな写真の組み合わせが面白かったので一緒に載せます。

例の日本をアリだのシロアリとヒステリックに言い放ったフランスの新首相 Edith Cressonを迎え、日本がイライラしているのが面白半分にからかわれている説明です。イタリアではにやにやしながら日本と仏のこの喧嘩を楽しんだ様です。こんな時は外交上のベストチャンス、フランスを相手にしているのですから日本は「終わりは寝室で話し合います」又は「ベッドのなかで仲直りしたい」とかの粋な広報外交ジェスチャーをアッピールすれば良いのに機会喪失(子供っぽいイメージの首相だからこそ出来る戦略)ここで私には、おかしなイメージが頭に浮かぶ、マダム クレッソン家の広い庭で寅さんが「はーい いらっしゃい高性能 ! 高品質 !」と日本ハイテク製品の叩き売り中、人は良いが鈍感な寅さんはこの家の主が息子達の麻薬や失業問題等で非常な悩みと経済的な苦労を抱えているのを知らない。マダムは寅さんを庭からたたき出してしまいたい、寅はマダムの悩みや愚痴を聞いて相談にのってあげられる事に気がつかない、、隣近所の人達も寅さんが嫌いではない、、、、しかし、、このままでは、、、

TVNewsではテキサスでブシュ父や各国代表と馬蹄の輪投げゲーム?で(日本で練習してたのかな?)独り勝ち「ホントに一国の首相と言うよりBambinoだ!」と言われていた。

そしてだんだん GOLDEN BOY 又おしゃぶりとおむつの赤ちゃんが日本のカリカチュアとしてメデイアに出始めます。もっともこの前はYESか NOかはっきりしない意見のNIか、どもりで何を言っているのかさっぱり分からない人のカリカチュアだったので、まだBABYの方がましかな? 後に写真家のToscaniがタバコの火を肌に付けられて火傷や傷を受けた赤ちゃんの写真を「赤ちゃん受難の時代」と発表し、彼のBenetonの広告写真と同じく見る人にショックを与えていました。

アラブよりかイスラエルよりかはっきりしない態度はお金次第(経済状況)で誰とでもつきあう売春婦とも陰口され、とばっちりが着いたばかりの日本女性に「Puttanaって地下鉄で言われたけど、何ですか?」あわてて「あなた個人に言ったのでは無く、今の日本政府への批判だから気にしないで」と説得するのに苦労しました。イタリアたこ(piovra=mafia)と対決するリカータ役の男性俳優 Mezzogiornoはインタビューで、すすんで「僕は売春夫ですよ」と嬉しそうに言ってました。

湾岸戦争中メディアでは多くが暗号的な言葉やメタファー等で表現されたので、遠方からキャッチするには難しい、、でも他の国々はちゃんと理解していたので、やはり探知レーダーは高品質の方が目的達成の早道かも。

lunedì 7 luglio 2008

NOTTE DI TANABATA   七夕の夜 

今日は七夕の日

毎年沢山の願い事を短冊に書くのが習慣になって、去年は切った短冊を河に流そうとセーヌ川に行ってチャンス喪失、サンマルタン運河にも立ち寄ったけど、いまいちゴミみたいで叱られそう、しかたなく家に持ち帰りキッチンで燃やして煙にお祈り、とロマンチックでない七夕になった。願いを書かないと落ち着かない癖がいつまでも直らない。「毎年願い事ばかり書いてくるわい」と、きっと神様かお星さまはあきれているのでは。

今年の短冊には「無事にブログが書き続けられますように」と書いてお祈りしましたが、、、
私からの願い事は、たくさんあって、どれもロマンスとはほど遠いけど、お星さまよろしく御願いします、、

日本には

「日本のTVが特にニュースが英独仏伊語等でヨーロッパで無料で見られますように、でも恥かかないですむように」
(私の家のTVには欧州、ロシア、東欧、中央アジア、北アフリカ、中東、米国が映る、さらに中国放送が14局もある、かっこいいシナ人が英語や仏語で自分達に都合いいように自国のニュースを解説してる、かなわない?、、早く日本人がフランス語や各国語で解説する日本のニュースを見たいよー)

「日本で普通の市民の意見が日本の政治を支配するように」
(これが完璧ならば怖いもの無し、自衛隊が本格的になったとしても)

「早く日本の若者全てが少なくとも英国語のバイリンガルになるように」
(国民皆がバイリンガルになれば諜報機関は無くても何とかなる)

「若い日本の人達が世界各地で何年も自由に研究生活出来るように、そして 各国現地での国際会議やフォーラムに参加するように」
(もの言う国民と国家が自然に出来上がリ、世界中の中華系移民と対等に討論可能になる)

「日本の男性が海外で起業したい時は日本の金融機関が支援してくれるように」
(生き残ってもらえれば必ず有益な存在となり更に密度の濃い情報や分析が集められる)

「日本の老人がインターネットを習得し昔とった杵ずかで政治還りしてもらい、世界のネットフォーラムに参加して意見交換と主張が出来るように」
(高齢者が生き甲斐ある一活動として、時間と根気がいる外国語ネットフォーラム参加者が増加する)

「日本の武道(柔道、空手、合気道、剣道等)が日本の全生徒の必修科目になるように」
(将来日本人の誇りを持ち続け、海外でもしもの時にバイトできて精神健康管理にも一役)

「日本の街がケバケバしいネオンやパチンコ店等を全滅して江戸のように穏やかでいきな都にもどるように」
(日本文化に憧れて来日した人達にその後、軽蔑され馬鹿にされないため)

「日本が昔の様に教養があり優雅で優しく品のある人々であふれているように」
(日本人の優劣&勝ち負けの競争尺度の偏重、外人とのコミュニケーション軽視、たてまえとほんね共存、儀礼&陰口好き等のメンタリテイー違いで日本人嫌いになる人を少なくするため)

うわーまだまだある、又短冊がいっぱい、、やっぱり今年もセーヌ川には流せないなあ、そうだヴェネツイアの大運河やミラノのナヴィリヨ運河には流した事がある、ゴメンナサイ。

domenica 6 luglio 2008

mia creazione 私の未完成作品

イメージ小説

会社勤めが辛い時に少し書いては気晴らしを、、いつ終わるか分からない、時間とおもに才能がない、、あらすじを紹介するので、キーワードを使って自由に想像してみて、、  

鞍馬天狗外伝

時は中世、処はヴェネツッィア、ユダヤ人ゲットーに住む少年ジョナサンの波瀾万丈な人生。
走り使いの仲間マルコとマエストロの目を盗んで、海の彼方のおかしな人々の暮らしを語る盲の老人のいるヴェニスの片隅のカンポにたむろするのが彼の遊び。少年になったある日、ひょんな事から土地っ子商人の青年と知り合い一緒に商船に乗り込む。

マカオにたどり着き、ここで 肌の色が桃色で髪の毛が黒く真っすぐな賢いが口がきけない、というか不思議な事に何も話さない、マカオよりさらに遠くにある島から来たという美しい女性に巡り会う。ハナと言う神秘な女性はジョナにとって不思議な気持ちをわき上がらせる、生まれて初めての恋い心。小さい時ヴェネツィアで盲の老人 から聴いた、出会ってはいけない謎の女性にぴったり、よけい気になる、口数少ない彼女からききだしたのは、トサという国からむりやり連れてこられたとか、、彼女とは 色々のエピソードが、、

数年後乗り込んだ漁船が台風で漂流したどりついた地は、丁度戦国後期、時の織田信長が頭角を表した日本。好奇心の強い信長公の所望により謁見の為に保護されていた漁村から都近くに連行される。しかし道中で信長を狙う藩主が放つ刺客に襲われ、深手をおったままの体で鞍馬の山奥に置き捨てられる。

深森の廃墟の様な神社に住む山伏に助けられ傷を癒しながら、ハナから教わった僅かの言葉でこの怪僧にジョナは自分の事をぽつりぽつり語り始める。山伏は傷の回復を早めるのと、ジョナの身辺を心配し、護身術や老僧の発案した剣術を教え始める。言葉少ない二人の生活だが若いジョナには充実した日々が過ぎていく。しかしこの老僧は独自の剣法を会得しており、ジョナはスパルタ教育を受けつつ強靭な肉体と研ぎ澄まされた神経を持ちつつ、生まれつきからかユーモラスでシニカルな明るい、いたずら好きな青年に育って行く。彼自身も先生の教え以上に、鴉飛びという術を開発し老山伏からトラの巻きを授かる。

再び信長と偶然遭遇する機会が訪れ、この二人の間には不思議な共感が生まれる。二人は意見交換を頻繁に行うようになる。ただ信長の希望した城内には暮らさず、相変わらず老山伏と共に鞍馬山に残る。信長公が所望する時や自分から暇な時に大樹をつたわリ自由に忍びのごとき技で城に遊びに参上する。その後は、鞍馬の修業期の後、信長の参謀になる時期、その頃に欄丸に慕われて困る話。巷に出没して人のよい町人をからかい「あんた、人をおもちゃにするのはおよし」と謎の美女に叱られ反省、後に女人に人気が出る時代、そして信長の妹お市との悲恋が信長の怒りをかい、鞍馬山で遁世期を経る時代。

巷で鞍馬天狗と言われる妖怪的剣術士になるジョナさんの一生。


AMS CANAL REPORT 425

「ハイ、こちらアムステルダム2区、オルソンの留守番電話です。ピーと言う音の後にメッセ―ジをどうぞ、、、」
何時もの様にピーと鳴った随分後で彼はもっそりと受話器を持ち上げた。
二日酔いの眼には曇天のアムステルダムの空さえサハラ砂漠のと同じ痛みがあった。受話器の中で暴れる太いバリトンの声が耳も脳内もビリビリきしませる。
「何だ、又午前様かい? そろそろ生活変えたらどうだ!」
「そんな事 言うのに起したのか?」
「違うよ、おまえのお気にいり日本の事だッ、良く聴け。5時30分、昨日のだ、ローゼンシュタイン運河でアジア系と見られる裸体が発見された。性別 女。それに若いぞー 死亡時刻は0時前後、身元は捜索願いが出ていた、日本国籍者 大学生。おいッ聴いてるか、名前は、くそッ発音が難しい、仮だTokyoko、で、どーだ眼が覚めたか?ヌード、おまけに日本人の女だァー」
「いいから続けろ」
「ところがだね、おかしな事に日本大使館領事部から確認の電話が入る前にドイツ大使館のハインツから電話があり、この事件について詳細経過報告を受けたい、とか部長に依頼があったそうだ、、おいっ 聞いてるか?」
「ウウー、、」
「それでだ 面白いのはだなあー、もう一つ独オランダ親睦協会会長のローゼンタルからも同じ依頼があったそうだ、何でかまだ分からない、おい!頭回転始めたか? 日本の女子大生の死に大御所達が動き始めたとは?何か変だとおもわないか?」
「何が変だ?日本人の死体が出ただけで大変なニュースだ。女の子だろ、自殺かい? ヌードとかいったな? それとも殺しか?」
「今解剖検査結果待ちだ、おそらく殺人事件だ。長びきそうな気配だぜ、何故って動くたんびに何かといちゃもんがつくんだから、全く楽しいウイークエンドになりそうだ」
「まあとにかく第一報受け取り了解、直ぐ家を出るからオフィスで落ち合おう」
「途中で携帯の方に連絡入れるからONにしとけよ」
「運転に集中したい」
「うるさい、つべこべ言うな、充分休んだくせに」
しばらくぶりに樹氷より白い霜だらけの手造りヴォトカを飲んだ頭は回転のスピード加速も昨年開通したユーラシア大陸を走る長距離快速列車なみにゆったりと稼業し始めた。
              つづく

あらすじ
ヒントは実際パリで邦人週刊誌に頻繁に載っている広告。純粋な日本人を両親に持ち年齢が若い人対象に 高額な謝礼金で日本人を募集 しているのをみかけてから。これは新薬品の日本での販売に人体実験用にオリジナル日本人を必要としているとか。高額にひかれ、ちょっとおこずかい欲しさに応募して、と軽はずみが怪事件に巻き込まれ、知ってはいけない事を知ってしまい見てしまい、そのために一人ずつ国際巨大組織にその後の人生を邪魔されていく。欧州の歴史、政治、人種や社会に対し無防備な為に悲劇にあう日本の若者の物語。主人公は日本語を2年前から習い始めたオランダ人オルソンとその仲間達、そして好奇心旺盛な若くてきれいな日本女子大生数人。

てなもんです、、まだまだ違う話がありますが、なかなか進まず、、どれも未完ばかり。


venerdì 27 giugno 2008

MANIFICI DOPPIATORI   素晴らしい声優達

 GENIALI  !!   DOPPIATORI  ITALIANI   
 天才的なイタリアの声優

日本アニメ、ドラマ、ドキュメンタリーの大事な声の吹き替えをしてくれる個性的な声優達は演技力も高く才能は抜群、世界超一流。彼らの声で見てしまうとオリジナルが聴けなくなるくらい迫力がある。もともとイタリアの人達は、皆DNAのせいか声が良く、日常的に演技力がある。イタリアで作曲されるアニメソングも良く出来ていて歌いたくなるのが多い。先日バスで国民会議(Assemblée Nationale)の前を通った時♪oh lady lady lady Oscar tutti fanno festa♪とつい歌ってハミングしたら「お母さんヤメテッ」と子供からにらまれた「仏は伊と同じテーマソング使ってるから恥ずかしィ〜」と、ヤバッ。イタリアのあの明るい歌声、笑い声が離れると大変懐かしい。日本語はあまり会話や感情表現の「演技」と言う分野には適していないのかも知れない、方言の方はまだ我慢出来るが、ずっと伊語の芝居の方が自然だし耳に入っても感動的。

前回 クイズ 誰の声?解答

1 ルパン3世 ( Lupin III ) ルパン

2 愛してないと(Kiss me Licia)ごう(Mirko)
聖闘士星矢(I Cavalieri dello Zodiaco)星矢(Pegasus)

3 ベルサイユの薔薇(Lady Oscar)オスカー
銀河鉄道999(Galaxy Express999) メーテル

4 テレビドラマ 子連れ狼(Samurai)一刀 拝 Itto OGAMI 

Ivo De Palma
  イヴォデパルマがごう(ミルコ)の声を吹き替えた「Kiss me Licia 愛してないと」は大人気であまりにも人気が出 てとうとうイタリア人の声優や俳優が出演して同じドラマが作られたりしました。彼の「Saint Saiya 聖闘星矢」ペガサスの声はイタリアの子供以外にも伊や仏に住むアジア系の子供達に希望と誇りを与えました。他にも沢山、日本アニメ吹き替え声優の草分です。

Cinzia De Carolis
  ベルサイユのばら、オスカー役チンツッアデカロリスの深みのある声はイタリアの少年少女達をうっとりと陶酔させました。このアニメの本場フランスの声優よりずっと魅力的。同じ様に宇宙をひた走る999の列車の窓にはメー ルの声が汽笛と共に心に響き、彼女の声は傑作芸術品です。

Pino Colizzi
  テレビドラマ子連れ狼、Ogami親子の逃避行はSAMURAIと言うタイトルで長く続 きました。ピノコリッツイが飛び抜けて印象に残り声優として柳生流。拝一刀Ogami Ittoの歩く道の苦しくかつ厳しい声を見事に演 じていました。このドラマの漫画の方は最近、仏語やポルトガル語圏で人気が出始めてます。

昨年末から下記のイタリアのベテラン声優達が亡くなり残念、冥福を祈ります。

Roberto Del Giudice ( 25/09/1940-25/11/2007)
長い年月30年位続いたルパン3世シリーズのルパン役 。イタリアの若者はたびたび言います「僕はロベルトのルパン3世の声で育ったんだ、小さい時から彼の声のルパン3世は自分と一緒に毎日を過ごしてた、、」と、、そして怪物君のドンドラキュラの声は、時に歌まで歌って声優として楽しめた仕事だったとインタビューで語っていた。彼の声がもう聴けないのが寂しい、、(ルパンの事だから雲の上からいたずらでも、)

Enzo(Vincenzo Benito) Consoli 
(19/07/1939-15/02/2007)
   ルパン3世で銭形と五右衛門の二役を時に受け持った声優。劇場俳優として優れた俳優であり、著作「Uova di passero雀の卵」「Il giardino dei limone blue青いレモンの庭」「Tenui legami」「Miraggi」があります。

Claudio Capone ( 18/11/1952-23/06/2008 )
渋いが説得力のあるバリトンが響くと、あれ?と思う事でも何でも納得してしまう魔法の力がある声の持ち主。数多くのドキュメンタリーのナレーターとして有名。彼が若くして去ったのは残念、彼の声が家の中に響いてくると何か面白いドキュメントが見られるとテレビに駆け寄ったものです。
日本のアニメ、ドラマ、ドキュメンタリーのイタリア語吹き替え声優達の才能溢れる演技力で何倍にも楽しく見る事が出来てありがたい、この功績は高く評価されるべきと思い、心から敬服します。
 

giovedì 26 giugno 2008

DOPPIATORI ITALIANI イタリアの声優

クイズ 私は誰の声 ?

日本のアニメやドラマの吹き替えをしてくれた忘れられないお世話になった声優達、彼の彼女の素晴らしい声の魅力で人気が倍増したのです。

  
1
2





          3



4
 

1 人気怪盗3人組のボス 
  ( Roberto Del Giudice )

2 愛してないと、ペガサスが飛んでくる
( Ivo De Palma )      

3 仏革命の男装の麗人、鉄道の長髪美女
( Cinzia De Carolis ) 

4 子ずれの刺客人
( Pino Colizzi )


( foto da antoniogenna site Il mondo dei Doppiatori)

答えは別の日に、、

martedì 24 giugno 2008

Telmiti e Formiche シロアリとアリ


シロアリとアリ展覧会 の見学報告

とてもよい天気の日に、青空にちぎれた入道雲がいっぱい出てしのぎやすい散歩日和。そこで Palais de la dècouverte の例のシロアリとアリ展覧会に行ってきました。どうだったか? 
ムーいろいろ感じました、勿論、生き物、昆虫としてのアリとシロアリの生態説明と見本写真、巨大プラモデル等の展覧会です。だから別に気にする事はないので、ブログに書く必要も無いこれが正論です。でも私のブログは全く違う視点で書いているので、この機会にそれをお話ししちゃいます。この博物館は生体、解剖、宇宙、電気、化学等の子供の学習用にできていて、先生に引率された生徒が見学にくる。一部に常にテーマが変わる(次回は火山地震津波)展示場があり、今回はそこが会場。

中はアリの巣を想定して土色のでこぼこした迷路に巨大なアリのはりぼて?みたいなのが点々といます、ここでもう嫌な感じ。 私にはアリはけっこう可愛い感じなので(小さい時に平たい石を退かしてアリの巣を見るのが好きでジーと見ていた)小さい子供はさぞ怖いでしょうに。確かにその日は見学者は少なくて私一人では怖かった。

入り口に新聞の切り抜きをべたべた貼った様なレイアウト、、記事にはこう書いてある。

Re è sconparso ! 「王様がいなくなった !」

Se il Re muore un milione e mezzo di orfanelli ! Se la Regina non viene piu fecondata, il soldati e l’operaie che moriranno tra qualche mese non potranno essere rinpiazzati e la colonia si estenguerà lentamente….
もし王様が死ねば百万五千の孤児! もし女王が懐妊しなければ、戦士と働きアリは数ヶ月で死ぬでしょう、そして代わりの者がこなければコロニーはじょじょに消滅していくでしょう、

ECONOMIE Crise textile dan la soie.  経済 絹の繊維クライシス

何でこんな文章を入れるのかな?、ただアンフェアーポリテイカルならすぐピンとくる。この種のいやがらせは多分ユダヤ人がネズミや寄生虫等と言われ何千年とヨーロッパで受けて来た類と同じと思える。「気の回し過ぎ、」「そんな意味は含んで無い、」いやいやどうして立派ないじめ、充分に目的は果たしている。こういうからかいや、いやがらせは常にうすいベールで包まれていて気ずく人は少ない、気がついた人が文句を言うと必ず常識的神経とやらでねじ伏せられる。いじめとはこうしたもの。デリケートな人が受けると他の人に訴えにくいので、どんどんメゲて深入りしていく。

人にどう思われようと私は言い続ける、そして書き続ける、このブログでも、こういう展示神経はフランス人の例のショビズム的ユーモアかな?(文句をつける必要は全く無いが、知っておいた方が良い、メンタリテイー 歴史研究そして未来の為に)ちなみに展示の最後は世界地図があり日本にはシロアリがいるに2個ともランプが灯く、何で?と言う事は日本にはアリはいないのか。日本のシロアリの種類はTermites reticulternesとか。入場料7ユーロ返せ! 
期待してたショップは無くなっていた、素敵な鉱石や本、癒し系のCDを沢山売っていたのに、残念!

腹立ったので受付のお兄さんに注意した「この博物館の管理人は人間的でない、 水槽の小さい金魚が死んでたよ、葬式してあげなさい、アーメン!」可哀想に小魚が一匹ずつ水だけの何も無い狭い水槽に入れられて、そのうちの1匹は死んでいた。ネズミコーナーは普通扱い。

自分がされては嫌な事を人にしてはいけないな、、でないといつか巡り巡って思わぬ時にでっくわす。これからの若い人の課題は、本当の姿を知る事だろう、難しい、費用がかかる、でもそれをしないと、消えていかなければならない、その意味ではシロアリとアリ展は参考になった。

lunedì 23 giugno 2008

ESPOSIZIONE " FORMICHE E TERMITI " アリとシロアリ展

Paris 2008年6月23日リアルタイム版。

シロアリとアリ展覧会 二つの社会 二つの世界


わ〜っ 今パリでこんな展覧会をやってます。たしかPalais de la découverteは自然科学博物館(以前癒しのCDを買った)のはず、そのものずばりがいるのでしょう。8月31日まで、ためしにいつか行ってみますね、事後報告します。今日はテンポレアレ、地下鉄のシャンゼリゼクレメンソー駅プラットホームに貼ってあるポスターを見てケケッと笑ってしまいました、それでこれをピックアップ。(いつもの話は今写真の転載許可を待ってるので数日かかりそう)。フランスはよくこんな事して楽しみます、だから私達も一緒に笑いましょう、深刻になる必要無し(自分に言ってる)。ところでこのChamps Elysées Clemenceau駅の隣はCONCORDE、仏歴史の方ではなく日常生活では米国大使館があるのでそれなりに注意が必要。もちパリの有名なChamps Elysées 通りに出る駅ですが、住む人にとっては世界の要人が来たり、大イヴェントがあると封鎖して通過しちゃうのでめんどう。ん?、、出られない、夜になりニュースで「あー今日はブッシュが来ていた」てな具合。パールハーバー(アメリカの一つ憶えみたい、)と言うハリウッド映画のロードショウの時は両側のプラットホーム全面に大広告ポスターの連呼版、ずらっーとべたべた、、嫌な感じ、でも駅が駅だからしょうがない。なんせフランスだってこれ以上いやがらせされたくないし、イラク戦争反対した時はボルドーワインを道に流す映像が出廻り、「アメリカが世界を料理するからフランスは皿洗いしろッ」等と言われてグルメにはプライド高いフランス人は頭にきていました。

今その反動でヨーロッパに受け入れてもらう為に米国は苦肉の宣伝工作開始、その例が自国を欧州人のJOB探しに開放又は欧州航空会社は自由に入空可能などなど出血サービス中。白人社会とりもどし作戦かな?、、時代の逆行ばかり狙うおかしな政策があちこちに見える。

フランスはアメリカと友達関係でありたいと努める、日本も同じ様に友達にもどった方が良いのでは、、家庭内暴力&お金略奪夫との内縁関係など早く終り、、、米国とは友人でいい。

lunedì 16 giugno 2008

mia creazione 私の作品

VENEZIAのMURANO島に寄った時仕入れたムラノビーズでアレンジしました、良い事があるよにおまじない付き。









































domenica 8 giugno 2008

ENIGMA DI FELLINI  フェリーニのなぞなぞ

Il Giappone di Fellini フェリーニの日本

Marco Panara      da Kyoto

1990年10月26日付   La Repubblica

Il Giappone di Fellini è una pace da aquario
E se l’Oriente fosse in ciascuno di noi ?
Viaggio in treno verso Kyoto assieme al grande regista, che con lo scultore Pomodoro,il pittore Tapies e L’architetto Stirling ha ricevuto a Tokyo il prestigioso Premio Imperiale per le arti e ha presenziato alla prima di “ La voce della luna”
フェリーニの日本は水槽の平和、もしかしてオリエントは我々それぞれ己の内にあるのでは? 精神分析学者が言うには、夢の中に東洋人の顔が出て来たら自分自身の未知の部分との出会いだと。大監督と共に京都までの記者の旅、、

Sono divertito e incuriosito da queste tenere fiammelle, da queste monachine sorridenti che in allbergo spuntano fuori ogni momento.E’ lo steso archetipo riproposto in mille esemplari, ed ogni volta c’è la meraviglia che siano cosi, veramente. Non solo il simbolo esotico o l’oggetto di fantasie erotiche da vitellone. Mi sembra che con i loro sorrisi ed il loro inchini rappresentino in filigrana una società che continua ad affiorare su questa piovra di accanimento produttivo, sono l’umiltà di fondo, la timidezza degli antichi contadini gentili che si sovrappone all’orgoglio e alla determinazione”
「何時もひょこっと宿のあちこちから現れる微笑む修道女仕達、この優しい炎(女性達)に興味を持ち楽しんだ。お手本として幾千の典型があるが毎回本当にそのとうりなので驚く(ん?何の話)ただの雄牛(性力旺盛でひまな男)のエロティックなファンタジーの対象やエキゾティックなシンボルとしてではない。(ん?ホント?)彼女達の微笑みやお辞儀はたこみたいに熱狂的生産性で繁栄を続けるこの社会に金糸細工を施しているかのよう、奥深い慎ましさに、古いお百姓さんの優しさと強固な誇りがおおい重なっているみたいだ、、」

“Ho subito il fascino inatteso dell’imperatrice, quell suo sguardo vago che sembra vedere altre cose, il sussurro della voce, la grazia, la trasparenza. Ha detto a Giulietta che da giovane aveva visto La Strada e poi aveva voluto rivederla.Gli è parsa una fata,una creatura magica alla quale si puo chiedere di tutto. E’ diventata ai miei occhi la personificazione dell’aristocrazia spirituale piu pura: non credo di avere mai provato prima l’affascinazione di una creatura in contatto con altri mondi.
Accanto alla sua figura etera, l’imperatore,sucuro di capelli,mi è parso un azteco.
「皇后には思いがけなく、その透明感、優雅さ、ささやく様な声、その美しい眼差し等に魅了させられた。皇后はジュリエッタに若い時に「道」を見たが又みたくなりもう一度見たと話していた。妖精みたいに現れ何でもかなえてくれる神秘な創造物の様だった。僕の目には一番純粋な貴族の精神を人格化したようで、この世でない物と接触するために創造された者の魅惑は今まで経験した事がなかった。永遠の姿の隣にいた天皇は髪は黒くアズテックみたいだった、、」(ん?天皇はインカ系?)

Lo ammetto, venire in Giappone mi è piaciuto , ho avuto sensazioni confortanti che hanno risvegliato una parte di me che pensavo fosse andata in pensione.
「日本に来た事は確かに気に入ったのは認める、僕がもはや引退したと思った部分を目覚ましてくれた感じだ」(ん?何を)

Marco Panara記者とFellini監督の極上味の記事。日本の印象は?に「マイクとテレカメラばかり目の前にした日本の5日間が 何の印象なんだ!」の言葉で始まる天皇から文化勲章を受領しに日本訪問したフェデリコ フェリーニへのインタビュー(フェリーニのぶつぶつ独り言)マルコ記者の京都まで 新幹線で 一緒の道中語り。尚上記事のかっこ内は私の感じたコメントでマルコ記者の書いたものではありません、すいません。
マルコ記者の記事の言葉も面白く、色々な謎解きの様な文章が続き、いわゆるフェリッニアーニ(ワールド)。フェリーニとって日本の汚い街や騒音にうんざりした事は想像つく(ん?勿論)。タイトルにある「水槽の中の平和」は800人が食事するレストランの静寂への賞賛の表現でフェリーニが「たこ」と一緒に日本出発前から用意しておいたシナリオ用の言葉みたい(ん?きっとね)。
美智子皇后に非常に感動した事を細かく表現するフェリーニの描写が楽しい。「何でもかなえてくれる妖精の様だ」は、(ん?それは困る)やはり皇后の希有な美しさは大監督も魅了したようで嬉しくなりました。ピストイアにいらした時は沢山のイタリア人が歓迎しようと嬉しそうに道に並んで待っていました。

A Kyoto è già scuro. Piove. 京都は既に暗く。雨模様。これはマルコ記者のフェリーニ描写に最適でちょっと有名な結びの言葉ですが、、在イタリアのZS記者は反対陣営にいたのか気に入らないらしく「何が雨が降るだッ」といちゃもんをつけ、この声を偶然TVで聞いていて男の同業者への焼きもちというのを見て驚きました。気の毒にイタリアの記者なのに日本特派員だった為に反対陣営から攻撃される身になってしまうのでした。

マルコ記者の才能溢れる書き方はイタリアに刺激と癒しを日本から送り続け、常に注目され ていました。私もイタリアの人々と一緒に次は何を書いてくるのかな?と、楽しみでした。

フェリーニの勲章を読んでいて何故ジャーナリストのマルコには勲章が無いのかな〜と不思議に感じたものです。